序章:旅立ちの日

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「この地獄は、無事学歴と資格の修得に成功すれば終わるんだ」  僕はそう自分に言い聞かせることで正気を保った。  そんな日々が続くなか、僕はなんとか父の求める学歴と資格は手に入れた。なんとか正気を保ち続けた。  手に入れたその後を知るまでは、正気を保てた。    今思えば、あの頃の僕は無知で純粋だった。  降り続ける雨もいつか止み、雲が切れ日差しが差しこみ晴れ間が見える。  それと同じように、地獄のようなこの世の苦しみにもいつか終わりがあると本気で信じていた。無知で純粋だからこそ、終わりがあると本気で信じ正気を保てていた。  僕は神学と医学で学位を取得した。野蛮な攻撃魔法をも範疇とする魔法学は必要なかったらしい。  魔法を理解せずにどう父の跡を継ぐのかは当時疑問だったが、それは聞くことさえ許されなかった。  また僕にとって地獄からの開放のみが目的の勉学だった、その負荷が少ないに越したことはなかった。 「よくぞ頑張った!これからは何もせずただこの家に居れば良い!」  その疑問は学位取得後晴れた。  父は回復薬に関わる全般を現場からの生え抜きに全任する手筈を踏んでいた。  僕は父から家長権のみを受け継ぎ、名目上の代表でありさえすればよかった。  いわゆる「カンバン」でありさえすればよかったのだ。  当初の僕は歓喜した。  部屋に窓が付けられ、自らの部屋を自らの意思で出入りする権利が与えられ、そしてカネで手に入るものはすべてカネで手に入れる権限が与えられた。  僕はまずはじめに、初等部の頃から周囲が遊んでいたオモチャを買い集めた。子供だましの玩具を買わせては鼻で笑った適当に弄んだ。そして捨てた。    その度に心のどこかでなにかが晴れた。 「くだらないなぁ」  そのくだらなさを知らなかった劣等感をひとつひとつ拭い去る、それがいちばんの快感だった。  次に求めたものは女だった。  街なかまで馬車を走らせ、抱きたい女を指差すと武装した従者がカネを握りしめあの手この手で連れてきた。  ペンは剣より強いが権はペンより強く剣は拳より強い。  学生時代のギルドのマドンナ、百戦錬磨の熟した遊女、年端もいかぬ生娘と代わる代わる自室へと連れこんだ。  武装した従者たちが女へと睨みをきかせるなか、女体を貪り唇や舌で己が身を愉しまさせ、そして絶望に力なく拡がる女体の入り口へと勝ち誇るように怒張したそれをあてがい奥まで挿れた。  幾つになろうが衰えを知らず盛り続ける豚の鳴き声、上の口に負けず劣らず騒ぎ立てる下の口、強制労働させられる小間使いの唸り声。  毎晩続くそんな隣の部屋の不快な騒音を振り払うように腰を振り、欲望を奥深くへと注ぎ込んだ。  だがそんなバラ色ともいえた日々は、いつしか地獄になり果てた。    どのような娯楽や快楽も、いつかは飽きた。  屋敷のなかでできる範疇とあっては数が限られ、ついに思いつく限りでは底をつきた。  母が丸々と自堕落に肥え太りそして壊れていった理由がいまなら理解できる。  虚無感。母を壊したものは虚無感だった。  窓から外を眺めることすら許されなかったあの頃と変わらない虚無感、いやあの頃はまだよかった。 「この地獄は、無事学歴と資格の修得に成功すれば終わるんだ」  そんな有りもしない地獄からの出口への希望があったから。  あの頃僕の正気を真に保ち続けたものは、地獄の出口を求める日々の充実感だった。 「もういいよ、僕は死ぬまえに生きたい」  僕がなによりも自由を渇望するまでに、そう時間はかからなかった。
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