第四章:従属する自由

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「いや、日に5百だ。いきなりそれやると身体が壊れちまう。  やってくうちに徐々に手の皮が厚くなり、筋肉が太くなって骨が強くなるから、それに合わせて少しずつ数を増やせ」  なるほどな。俺は森で木の幹に拳を叩きつけてたころを思い出した。身体が壊れる? 普通ならだろ。  俺は回復魔法を使えるんだよ。 「修練終わりました? あの、できればお暇なときに多めに薪を割っておいてもらえますか?」  メイドさんが不満そうにこちらをみていた。 「あ……、掃除のほうはどうなりました?」 「終わりましたよ。今から洗濯のための薪を割ろうとしていたところです。  衛兵さんたちは基本こちらの都合は気にかけませんから、こちらの都合の良し悪しははっきりと言葉に出してください」  メイドさんのふて腐れた顔に罪悪を感じながら薪を割る。早くも修練の成果がでたか、今までよりも捗った。 「ふふん。ついでだが、妾の風呂のぶんと正餐のぶんも割るがよい」 「姫さま! お部屋から出られたのですね。成果はいかがでしたか?」 「ふむ、それはまだだがなかなかの猿叫だったのでな。様子を見にきたというわけだ」 「えん……きょう? ですか?」 「そうだ。父上の剣術において、敵を討ち倒すためのかけ声のことだ」  あれ、名前があったんだ。 「お兄ちゃんなら、ズブのドシロートだから5百だけにしろっていわれたよ!」  うるさいな。 「そうですね、まだまだ衛兵さんたちの足下にも及びませんよ。ですが、いち早く修得してみせますよ」 「焦るでない、汝はまだ日が浅い。少しずつ、焦らず弛まず修練を重ねればそれでよい。  それともうひとつだ。これは、お主なら役立てることができるであろう」  姫さまはそう言われると複数枚の書物を手渡された。 「これは……!!?」  各属性の上級攻撃魔法の魔導書だ。初めて見た。 「兄上の形見だ。兄上は修道院で魔法も修得なさったが、妾は魔法が不得手でな。  だが、お主には魔法の心得があろう?」 「はい!!!!」  体の内側から力がわいた。勉強なら何年もしてきた。覚えさせてもらえなかった攻撃魔法だ。  そして、姫さまに出来ず俺に出来ることがひとつでもあることが嬉しかった。 「では、奉公人よ。ひとまずはいち早く薪割りを終わらせるがよい。我がメイドは、お世辞にも気が長いとはいえない」  ふと目をやるとメイドさんが両眼を血走らせていた。 「あのですね! 洗濯以外は! 全て終ったわけですよ! 奉公、してもらえますか」  ごめんなさいごめんなさい。女という生きものは、怒らせると実にこわい。  俺が薪を次々と割っていくなか、揃うやいなやメイドさんが持っていく。姫さまの風呂の薪、洗濯のための薪、正餐のための薪、もういまから夕餐ための薪。  俺は腹を鳴らしながら薪を割っていった。 「ようやく終わったようですね、これ食べていいですよ」  パン切れを何枚か渡された。正餐で他のひとたちがお皿にしたあとなんだろう、カチカチに固くなったそれらをかじるとほのかにさまざまな料理の味がした。  では、先ほど頂いた魔導書に目を通すとしよう。  上級とはいっても、初歩的なものと基本は変わらない。変わるものは、具現化するイメージの壮大さと重厚さ。  それと、精霊に力を借りるか神に身を捧げ加護を祈るか。  どれ、試しにひとつ。薪を一本拝借してと。 「鍛冶および火の神ウルカヌスよ……、我を贄とし、彼を御力にて焼き尽くしたまへ……、ボルケーノ!」  肌をちりちりと灼きつける熱風とともに、豪快な火柱が天へと打ち上がっていった。気を失いかねない脱力感のなかで標的とした薪に目をやると、周辺の雑草ごと灰燼に帰させられていた。 「やるじゃねえか、ご次兄さま以外がやってるのなんて初めて見たぜ!」  衛兵さんだ。 「はい、姫さまから魔導書を頂いたので、せっかくだから試しにやってみました」 「はっはっは、それは頼もしい。さて、剣のほうも覚えちまおうぜ」  嬉しいね、できることが増えると。あと、それを褒めてもらえると。
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