第四章:従属する自由

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「ふむ。では、剣の方面でも精進するがよい」  俺はやってやる。俺が決めたんだ、貴女の期待に応えてみせるって。 ―――――――――――――――――――――――  それから更に半年の月日が流れた。俺は毎日掃除して、薪割って、剣の修練して、魔法の勉強と練習しての繰り返しだった。  魔法はわりとすぐに覚えれた。ここにきて、勉強ばかりさせられていた日々が役に立つとは思わなかった。  剣は、朝3千に午後8千を、1ヶ月まえにようやっと打ちこめるようになった。手の皮が裂け、筋肉が悲鳴をあげ、骨が疲労骨折し、その度に、回復魔法を自分にかけた。  それでもまだ、一応打ちこめるようになっただけ。  衛兵さんたちとは、捷さも重さも段違い。 「奉公人よ、本日は特別だ。妾の部屋に来るがよい」  珍しい。男子禁制のはずだが。 「はい、姫さま」  ともかく俺は姫さまの後ろをついて行った。 「ここに来て、汝と知り合って1年ほど経つがな。  城に居るもののなかで、汝のみと互いのことをじっくりと話したことがなくてな」  意外だ。姫さまって、そういうの気にかけるひとだったんだ。 「入るがよい」 「お邪魔します」  部屋に入った。窓からは、収穫を祝う領民たちがよく見えた。 「領民たちは、皆喜んで納税してくださいましたね」 「ふふん、兄上のご威光だ。妾にではござらぬであろう」 「ご謙遜を。姫さまがよく治められたからですよ」 「戯れるな。妾は兄上の真似をしただけだ。兄上は、ご自身のご統治を詳細に書物として残しておられたからな」  言葉に反して、表情は実に柔らかだった。 「少なくとも、領民の期待を裏切らなかったのは確かだと思いますよ」  ジャック・オー・ランタンが飾り立てられた街なかでは、領民たちが賑やかに焚き火を囲んでいた。 「当然だ。なにせあの兄上の真似であるからな」 「ご次兄さまの真似って、そう簡単なことではないと思いますけどね」 「妾は実妹だ。生まれてこの方いちばん見てきた。出来て当然だ。妾のなかの、『兄上ならこうするであろう』に素直に従うのみであった1年間であったぞ」  さらりと言うが、たった十数年で田舎のさびれた農村を交通の要衝に仕上げた名君に引けをとらない統治って並々ならぬ大変さだと思うぞ。 「姫さまがこの街に来られた初日、行商人さんに手記を渡されましたよね。  その後に来た業者さんが申し上げていたではないですか、あの手記のおかげで適切な準備を整え最短期間で施工できたって」 「何を申したいのだ?」 「あれも、ご次兄さまの真似ですか?」 「ふむ。そうしておられるところを実際に見たわけではないがな。  兄上が他人を頼るときは、自らが何に困り何を頼り何を望むか明言されておったからな。その真似だ」  姫さまは、自分の凄さをわかってないよ。 「でも、紙に要点をまとめた手記を行商人に持たせるやり方を考えたのも、実際に手記を書き上げたのも姫さまご自身ですよね?」 「それがどうした?」 「でしたらいま現在この街をよく統治なさられているのは、他でもない姫さまですよ」 「……」 「確かにご次兄さまは素晴らしい方であられたかもしれません。ですが、残念ながら僕はご次兄さまを拝見したことはありません」 「拝見させて頂いたことがあるのは、姫さまご自身による統治のみです」 「汝は、初めて我が実家を訪れた日から変わらず口が上手いな。  本題だが、なぜ汝は旅をしておった?」   上手く言い逃れられそうにない。正直に話そう。 「……生まれたところに、居られなくなったからです」 「ほう?」 「僕は、回復薬を発明した父の跡取り息子でした」 「その話、真か?」 「そうだよ! お兄ちゃんは、大発明家の父親を後ろ盾に王都の女のコ犯し放題の、とんでもない放蕩息子だったんだよ!」  黙ってろ。話しにくい。 「本当です。僕は成人するまで勉強以外何もさせてもらえず、成人してからは父の2代目を『カンバン』として名目上引き継ぎながら放蕩しておりました」 「ですが、自らの意志で主体的に動けない人生に嫌気がさして家を抜け出しました」 「それだけが理由なら、なにも旅する必要はなかったであろう?」  話さねばならない。吐き出してしまいたい。 「僕は、実家の私兵に街の女性を攫わせ、……毎晩代わる代わる自室に連れこんでいました」 「家を出た僕を待ち受けていたものは、その女性の家族による私刑でした。都民の視線も実に冷淡なものであり、もう二度と王都へは戻れません」 「なるほどな」  もう俺は終わりだろう。だけどこのひとだけは、欺きたくなかった。 「姫さまは、僕のこと、……嫌いになられましたよね?」 「ふむ。それはこれから決める」  え? 「汝はこの街を失うことが惜しくなったが故に妾のもとを訪れたと聞いたが、それは真か?」 「はい、本当です。裏切り者との対峙や団長さんたちとの会話でこの街を知り……、世話になった身として、勿体ないなと」 「ふむ。とても権力を笠に着て女性を自室に攫う、そんな下衆が持つ考えとは思えぬがな」 「この街で、心変わりしました。気さくな団長さんとの会話、街のひとたちとの触れあい、裏切り者の醜悪さと斃したあとの称賛の嬉しさ……。  どの快感も不快感も、初めて覚える感覚でした」 「……さようか。お主は、生来肉親に殺され続けておったのだな」  俺が親に殺され続けてた? 「勿体のない話よの。剣技を授ければ剣技を覚え、魔導書を授ければ魔法を覚え、情を授ければ恩を覚え、恩を授ければ情を覚える。  そのような本来健全に育つはずであった若者を、傲慢と保身と享楽の日々で殺し続けたとはな」  目に涙が浮かび、とめどなく流れ落ちた。自分で自分がよくわからなかった。 「ふふん、今宵は特別だ。妾の胸にその身を預けるがよい」  俺は姫さまに頭を抱き寄せられた。恥も外聞もなく、涙と鼻水と泣き声があふれ出た。 「姫さま……、汚れますよ……」 「かまわぬ。汝はこのような経験もまた、初であろう。  それにしてもまさか、この顔に泣きつかれる日が来るとは思わなんだな」  ……この顔? 「お兄ちゃんの顔、パパとよく似てるんだよ。  あたし、初めて会ったときビックリしちゃったもん、パパを若返らせたような人があたしの足を治すんだから」
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