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「お兄ちゃんの顔、パパとよく似てるんだよ。
あたし、初めて会ったときビックリしちゃったもん、パパを若返らせたような人があたしの足を治すんだから」
「……落ち着いたか」
姫さまの声に、俺は顔を上げた。我にかえった俺は、慌ててタオルを取り姫さまの胸元を拭こうとした。
「よせ、そこまではせずともよい。それをこちらに寄こせ」
姫さまは頬を赤らめながらタオルをもぎ取った。
姫さまの乳房が、タオルで拭きあげられながら上に下にと移動した。その動きとともに、俺の顔を包みこんでいた肋骨と乳房と体温の感触が蘇った。
ふと冷静になると、あらためてとんでもないことをしていたんだと思わされた。
「汝も顔を拭くがよい。その顔で自分のことを棚に上げて他人のことに構うでない」
俺は顔を拭いた。顔に残った涙と鼻水と涎がタオルにべっとりとへばり付いた。
「そういえば、僕の顔がどうかされましたか?」
あえて聞こう。
「不躾であるぞ、……と言いたいところではあるがな、先に話しにくい話を話させたのはこちらであるからな」
姫さまが、頬を赤らめたまま目を合わされない。普段気丈な姫さまの、こんな様子は見たことがない。
「若かりし日の兄上と、瓜二つであるのだ。兄上が汝ほどの年齢にあられる頃、妾はまだ幼少であった」
「父上に負けじと武勲をあげるべく剣の道に励む上の兄と違い、下の兄は争いを好まれぬ方だった」
「修道院から帰られると自室にて勉学に励まれる下の兄は、妾にとって恰好の遊び相手であった。
その際に、東洋より伝来した護身のための武術も学んだ」
「日々勉学に勤しむ兄上にとって、妾は邪魔で仕方なかったであろうが、それでも嫌な顔ひとつせず妾に構ってくださった」
「いつの日か、兄上は妾の憧憬の念の対象となった。いつの間にか、妾は周囲の男を見るたびに兄上の顔が頭をよぎるまでになり果てていた」
ご次兄さまは、初恋の相手でもあったわけね。
「ところが兄上は、弱き者や困りし者を輔けることに使命を感ずる方にあられた。でなければ、あのような粗暴な女の家の婿になど入らん」
「ママも言ってた。領主一族のなかでも、いちばん救えないのが奥さまだったって。日ごろの不摂生が祟って病に臥せたときはザマーミロだったって」
確かここの領主一族って、代々領民をただ食いものにするだけだったんだよな。
「当時のこの街を見られた学生時代の兄上は、直ちに婿入りすることを決められた。当時恋仲にあられたギルドきっての才女であった女性を、メイドとして連れて」
……それ、客観的にみて「街を乗っ取った」って解釈は出来てしまうなぁ……。
「全く。こちらも断腸の思いであったのだぞ。どのような腕自慢も兄上ほどには強くなく、そのうえ兄上と比べ天と地の開きがあるほどに低脳であったからな」
身内があまりにも魅力的であり過ぎた不幸、か。
「あはは……、いまのあたしみたい」
言うな、いまの俺には傷める心があるんだ。
「その末路が、1年ほどまえの訃報であった。兄上らしく、優しく、聡明で、愚かにあられた話であった」
もしご次兄さまが暴力を好まぬ性格でなければ、武力でこの街を制圧しただろうな。
もしご次兄さまが多少利己的な性格であれば、謀略にて一族を追放しただろうな。
「ふむ、話し過ぎたな。ここまで話したのは汝が初だ。忘れろとは言わぬが、けして口外はしてはならぬぞ」
「!! 姫さま! 危ない!」
突如として窓から甲冑を着た騎士が鉄格子を蹴破り入ってきた。俺は姫さまを突き飛ばした。
「何者だ!」
姫さまのほうを見ると、レイピアを手に取り構えていた。
「ふぅむ……、噂は本当のようでしたな」
兜のなかから老人の声が聞こえてきた。
「質問に答えるがよい賊め! 名乗りを上げよ!」
「衛兵、でしたよ。1年ほど前までここの」
というと、裏切ったひとりか。
「どのようにしてここに入った?」
「大変にございました。人目を忍びながら、武器と装備を数日に分けて屋根まで運び上げ、鎖を屋根に引っかけて突入しました」
「さようか。今後の改築の参考とさせてもらう」
「貴女さまは、もしや生き延びる前提でモノを話されてますかな? これ以上外様に好きな真似をされては騎士道に反しますゆえ、始末いたしますがな」
「賊ごときが騎士道を語るか?」
「語りますとも。我が街の乗っ取りを画策する蛮族の討伐こそが、我が騎士道にてございます」
「貴様たちは、代々この地を治める領主、その一族全員を手にかけたであろう?」
「左様にてございます。ですが、風の噂に聞きましてな。婿入りした外様領主の実妹がこの地をまた治めておると。
カネの成る木が、朽ちずにまた実っておると」
しらじらしい。問いつめたら開きなおった。
「しかし、血は争えませぬな。兄上様同様、自室にて男女ふたりきりであられますか? その裾から大きくはみ出させた足先にて誘われてましたか? 不埒ですな」
倫理の話を貴様がするか。
「これ以上この地を穢せはせぬがゆえ、貴女さまは処分させて頂きます。なに、領民たちの血税は、責任もって回収させて頂きますがゆえ、心配はご無用です」
「姫さま!」
俺は先ほどの突入で、腕を折られていた。だがそれでも姫さまに手を出させたくない。
俺は無我夢中でしがみついた。
「不意打ちなどとは姑息ですな。やはり貴女さまは、いち早く始末するべきにございます」
甲冑の老人はしがみつく俺を意に介さず、挟撃を仕掛けた姫さまを蹴飛ばした。姫さまは壁に叩きつけられた。
「さて、この優男は邪魔ですな。大人しく落ちて死んでもらえますかな」
「うわあああ!」
俺は蹴破られた窓から投げ捨てられた。最上階からだった。
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