序章:旅立ちの日

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 お兄さんは、生きるために母を慰め、生きるために母と交わり、そして生きるために自分の血を引いて生まれた命たちを火にくべ灰にして消し続けた。  なら僕も同じ理由でお兄さんを殺してもいいよね。  生きるためだから、「死ぬまえに生きる」ためだから。  さて、向かうさきはカジノ。  お兄さんありがとう、カジノって素晴らしい場所なんだよね。「行かないと死んでしまう」場所だもんね。  お兄さんありがとう、最期まで。お兄さんが教えてくれたもんね。 「おのぼりさんがソワソワしてたら気前のよさそうなおじさんがルーレットへ連れていく。  そしてある程度勝たせて図に乗らせたあと裏でおじさんとグルになってるディーラーに尻の毛までむしり取る、その光景はとても面白い」  って。  ルーレットは運なようで運ではないんだって。  プロのディーラーは狙った場所に落とせる。  だから通い慣れてるひとは座らず席がいつも空いていて、おじさんは簡単におのぼりさんを席に誘える。  初心者は最初ほぼ赤か黒かで賭けたがる。こればかりは完全に運で、ディーラーも一点も違わずには落とせないから二分の一を勝ったり負けたり。  頃合いをみておじさんが手本を見せる。 「ルーレットは傾向をみて落ちそうなところの周辺いくつかに賭けるんだよ、1点賭けの6点張りがいちばん勝ちやすい」  そう言ってまず落ちそうな数字を予想し、その数字とその前後に位置する数字5個に賭ける。実際に落ちた数字以外はハズレになるわけだけど、1点賭けは配当が36倍だから賭けた額が6倍になって返ってくる。  たまにハズレて、ハズレても「惜しい」ハズレかたをするのがミソで、そのもっともらしさがおのぼりさんを信じこませる。  本当はディーラーがそう見えるように落としてるだけなのに。  おのぼりさんが信じこんでそう賭けだしたらディーラーの腕とおじさんの話術が本領発揮。最初は惜しいところでハズレていた予想がおじさんに檄を飛ばされながら賭けていくと次第に当たることが多くなる。  当たることが多くなりだしたらおじさんがおのぼりさんを褒め讃えだす。  「いいセンスだ、才能あるよ」  って。  そうすると気をよくしたおのぼりさんの賭け額が次第に大きくなっていき、負けるたびに負けた額の倍を賭けだしたところで手のひらくるり。  だんだんと負けることが多くなっていくなか、おじさんが檄を飛ばす。さっきまでの集中はどうした、おまえはやればできるはずなんだって。  その頃にはおのぼりさんは完全にその気になっていて、クスクスとそれを嘲笑う常連の声すら耳に入らなくなる。  目が血走りだす。  本当はディーラーがそう感じるように落としてるだけなのに。  知らずのうちにディーラーがいちばんハメやすい賭けかたをさせられていた、そう気付くのは有り金すべてはたいた涙ながらの帰り道だって、まるで自分の体験談かのようにお兄さんは話してくれた。  お兄さん、最期までありがとう。人生最初で最後のカジノ、楽しかったよ。  もうね、時が来たらおじさんが実にわかりやすく励ましにかかったの。ホントに言うんだね、笑っちゃった。 「おまえはやればできるはずなんだ」  って、まるでスポーツかなにかのように。  手を引くチャンスとして実にわかりやすかった。  お兄さんはカジノに食べられて、そのカジノを僕が食べた。本当の勝負師は、強い生き物は勝てる勝負しかしないんだよ。  さすがに今日はもう遅い、得たお金の使いみちは明日考えるとして、今日は宿を探してゆっくり休もう。  そう思っていた矢先だった。 「ねーねーカッコいいオニーサン、俺たちと楽しいことして遊ばない?」  僕の首に刺青の入った腕が後ろからかけられる。  しまった。油断していた、気が大きくなっていた。  いま僕は、衛兵もつけずに夜の街をひとりで歩いていたんだった。
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