18人が本棚に入れています
本棚に追加
「さて、この優男は邪魔ですな。大人しく落ちて死んでもらえますかな」
「うわあああ!」
俺は蹴破られた窓から投げ捨てられた。最上階からだった。
落下しながら俺は最も危惧すべきことを考えた。捨ててもいいものを考えた。
両足を地面に向けて着地した。転倒したが、頭を腕でかばった。
「ぐああああ!」
すでに折れていた腕が砕け、いちばんに衝撃の乗った両脚は、折れた骨が皮膚を突き破った。
骨盤もあばらも背骨にも、おそらくヒビが入ったであろう痛みが走った。
だが、あのときと、姫さまと決闘したときと違うものがひとつあった。
声を出せた。意識と呼吸器官を、守りきれた。
「気絶せずに済んだ、声を出せる、ならば詠唱できる」
「……キュアオール!」
俺は不死身だ、回復魔法がありさえすればな。
これは賭けだが、どうか油断していてくれ。仕留めたつもりでいてくれ。
裏切り者は裏切り者らしく愚か者であってくれ、あのロクデナシのように。
俺は復活に気付かれぬよう、忍び足で城門へと向かった。
城門には、今日は姫さまが衛兵をふたり配置していた。姫さまは最初からこの事態を想定していた。
「兄上の仇敵たる蛮族は、収穫祭の夜再びここを襲撃するであろう。俗物どもは、昨年味をしめたはずだ」
そう姫さまは仰っていた。全くの同感だった。
「……くっ……」
衛兵さんはふたりとも、クロスボウでやられていた。ひとりは兜越しに頭部を深々と射抜かれており、即死したことがうかがえた。
もうひとりも、胸を射抜かれ虫の息だった。
「衛兵さん……、まだ生きてますか……?」
俺は声を潜めて話しかけた。
「ああ、だがもう長くない……、姫さまを……、護ってくれ……」
「いえ……、衛兵さんもすぐに助けますが、ひとつ条件として、騒がないでもらえますか?」
「? ……とりあえず静かにだな……?」
「……キュア」
俺は衛兵さんの胸から矢を引き抜き、回復魔法をかけた。
「そうか、おまえ回復魔法を使えるんだったな」
「引き続き静かにお願いします。次は、メイドさんの部屋です。なるべく音を立てたくないので、甲冑は脱いで剣だけ持ってきてください」
「ああ、従おう。なにやら手立てがありそうだからな」
不幸中の幸いは、蛮族の人数と、とるであろう行動を想定できていることだ。
なぁ、クソガキ。おまえの母ちゃん、殺されるまえに襲われてたんだろ?
「うん、お兄ちゃん」
蛮族どもは、まえの人員が4人、今回の人員がそこからロクデナシを引いて3人。あの姫さまの部屋を襲撃した、いかつい老人が元団長だろうから残るは新兵ふたりだろう。
なにせロクデナシを置いてけぼりにするほどのケチ共だ、増員している可能性は想定しなくていい。
で、あらかじめ下調べしたなかで衛兵の殲滅に成功した若い下衆野郎ふたりが、女ひとりの部屋があったらすることってひとつだよな。
なにせ、去年上手くいって味をしめてる筈だからな。
抜き足、差し足、忍び足。行く先は俺の部屋のとなりのメイドさんの部屋。
部屋には服を破かれ乱され乳房を露わに裾をたくし上げられたメイドさんと、下半身を露わにした男がふたり。
脚を射貫かれたメイドさんが、剣を突きつけられながら、上下の口で俗物どもを咥えさせられていた。
予測どおり、案の定。俗物どもが一心不乱に腰を振るなか、俺は詠唱を完了させた。俗物どもめ、その低脳を恥じるがよい。
「永劫の時を生けりし不死鳥、フェニックスよ……、我を贄とし、現世の穢れを御身に纏いし炎にて焼き払いたまへ……、ピュアリファイア!!」
詠唱時間の長さ、詠唱に極度の集中が求められることが弱点だが、詠唱にさえ成功すれば対象のみを焼滅させる最上級攻撃魔法、ピュアリファイア。
奇襲であれば、その弱点すら埋まる。俗物どもとメイドさんの脚の矢は、一瞬にして灰燼に帰した。
「ゲスどもがチョーシにのるからだ! ザマーミロ!」
ぶっつけ本番だったが、部屋とメイドさんは無事だった。
「くっ……、ふぅ……」
「奉公人さん! 大丈夫ですか?」
俺はがくりと膝が落ち、衛兵さんに肩を支えられた。メイドさんの声に気を保ったが、危うく意識が飛ぶところだった。
やはり最上級攻撃魔法は、使用者への負担が大きい。
「大丈夫です。ただ……、魔法はもう使えそうにありません」
死にかけの身体への回復魔法を2回と、さらに最上級攻撃魔法。割れんばかりに頭が痛み、立っているだけで膝ががくがくする。
「それよりも、早く姫さまのもとへ戻らねばなりません。姫さまは、お一人で蛮族と対峙なさってます」
俺はいちど自室に戻り、両手剣を手に取った。
「何のための修練だった? この日役立てず何のための剣だ」
そう思うと、再び全身に力が漲った。
「では、姫さまのもとに急ぎましょう! すでにご存知と思いますが、わたしは気が長いほうではありません!」
メイドさんが残されたクロスボウに矢を装填し、乱され破かれた衣服をもろともせずに先導する。
「俺は衛兵だ! 本来これは俺の仕事だ!」
衛兵さんが後に続いた。俺も後ろを追いかけた。
最初のコメントを投稿しよう!