第四章:従属する自由

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「俺は衛兵だ! 本来これは俺の仕事だ!」  衛兵さんが後に続いた。俺も後ろを追いかけた。  姫さまは、最上階奥のどん詰まりにある金庫のまえで、モーニングスターを手に持つ元団長と対峙していた。この金庫の位置は、俺の発案だった。  だって、野盗の襲撃の際にどん詰まりに追いこむことも、最悪財産を犠牲に逃げきることもできるから。 「ふふん、四面楚歌であるぞ蛮人よ。覚悟するがよい」  メイドさんがクロスボウで狙いを定め、俺と衛兵さんは剣を構えた。 「ククク……、ハッハッハ! 我輩が蛮人とはな、外敵共が笑わせてくれるわ!」 「貴様の兄の婿入りは、我々には終始迷惑甚だしい限りであったわ! 婿入り先の財産を農奴無勢に平然と振り撒き、平穏とした田舎の農村を物欲に染め、高貴なる我等の命を危険に晒した、それが貴様の兄だ!」  モノは言いようだな。 「先代も先代だ! 結果として身入りが増えたからといって他所者の蛮行を平然と野放しにしおって!  天上人たるもの、平民の上に君臨してこそ然るべきであろうが!」 「外を見たか! あれは人畜無勢のあるべき姿ではなかろう! 人畜如きが収穫を祝い顔面に笑みを浮かべるなどと! 人畜は祝う側に非ず! 食す側に非ず! ただ納める側にのみあり続けるべきにあろう! 横暴にも程があるわ!」 「平民たるもの清貧とあれ、先祖代々人畜共にはそう説いてきた筈であるがな! 穢らわしい! 物欲にまみれおって!」 「人畜というものは! 力を得れば拳を握り! 富を得れば武具を握り! 智を得れば謀略を練るものぞ! 真なる平穏とは! 人畜共を朽ち果てる寸前まで痩せ細らせた先にのみ存在するものぞ!」  ……そりゃ、畜生扱いすれば倫理観も畜生程度にまで墜ちるわな。 「(せがれ)も倅だ! 他所者から武術を学ぶなどと! 騎士たる誇りを何処へやったのだ!」  あ、あのロクデナシってあんたの息子だったの。 「……倅がこの家の者の殲滅を提案したときは、まだ此奴にも騎士の誇りが残っておると安心したのだがな。  まさかまさか、それが外敵のみの討伐を指しておったと知ったときは、戦を知らぬと失望したわ。  如何に正当なる理由があろうとも、主君殺しの汚名を背負った街でなど生きていけるわけがなかろう」  なんか、あの「ロクデナシ」のほうがまだ救いがある気がしてきた。 「だが折角の提案と謀略ではあったからな。我輩はお人好しの外様領主の命のもと、新兵たちを我輩なりに徹底的に指導し、この街から財と領主を奪い尽くすことで愚鈍たる者共に理解を促した次第だ」 「外敵には蛮行における断罪の! 人畜には統治なき領地の絶望の! 倅には天上人失格にある身の程の理解をな!」 「辞世の句は以上でよいか」  姫さまが言い終わるやいなや、メイドさんがクロスボウで胴を射貫いた。 「失敬したな。我がメイドは、お世辞にも気が長いとは言えぬでな」 「ぐっ……、うおおおお!」  蛮人が道連れと言わんばかりに姫さまに襲いかかった。 「「キィィィェエア!」」 「蛮人よ、敵から目を逸らすでないぞ」 「「アアアア!!!」」  こちらをふり返った蛮人の首を姫さまのレイピアが貫き、そこめがけて俺と衛兵さんは剣身を振り抜き斬りつけた。  先に衛兵さんの剣が命中し、その上に俺の剣が重なった。蛮族の顔は、目を見開き震えて固まったまま両断された。  渾身の力を込めた斬撃の勢いは、そこで留まりはしなかった。そのまま首を貫き通したままのレイピアの剣身ごと両断し、上半身を両断し、骨盤に当たりやっと止まった。    無事蛮族の討伐が終わり、姫さまに目をやるとその場にへたり込んでいた。よく見ると、あちこちに蛮族にやられた傷があり、口もとに吐血したあとも見られた。 「すまぬな。妾ともあろうものが、このような蛮人に不覚をとった」  俺の腕に抱きかかえられた姫さまが、珍しくしおらしい顔で弱音を吐いた。ひゅーひゅーと、危険な呼吸音がした。 「いえ姫さま、主君たる姫さまに対する蛮行を許してしまったのは我らが罪です。ひとつ、償わせてください」  こちらはこちらで頭がクラクラする。だがそうは言ってられない。  ここは、気合いだ。 「偉大なる霊樹ユグドラシルよ……、どうかその御力にて我が主君を慈しみたまえ。……キュアオール!!」  姫さまの御身体をマナの光が包みこみ、次第に姫さまの御身体に力が入っていった。  姫さまが自力で立ちあがると同時に、全身の力が抜けた。  俺は姫さまにもたれ掛かる形となり、そのまま姫さま押し倒した。最後の力で姫さまの後頭部を床からかばい、俺はそこで力尽きた。 「ふむ。これは回復魔法か? で、汝自身は大丈夫であるか?」 「も、申し訳……、ありません……、だ、大丈夫です……。……ただ、短時間に何回も魔法を使ってしまったので、……もうしばらくは……、動けそうに……、ない、です、ね……」 「あ〜あ、ご主人さまにハレンチしちゃった! お兄ちゃんの首が飛んじゃう! ごしゅーしょーさまでした!」 「……よかろう。ついでだ、褒美をとらそう」  俺は姫さまに頭を手で抱えられた。唇に唇を重ねられた。 「2度目だぞクソババア! いい加減にしろよな!」 「ふふん、不服か?」  全く身動きをとれないなかで、驚嘆と歓喜の渦が、俺の脳を支配する。 「い、いえ、滅相も、ございません」  いつかと同じく柔らかに笑んだ端正な顔が、いつかと同じく眼前にあった。  いつかと違い、全身を絡ませながらであった。 「ヨソ者め! フラチであるぞ! この地をけがすな!」 「やれやれ、どうやら俺たちはお邪魔虫だ。とっとと退こうぜ」 「ええ、いち早く着がえたいですし」  破裂せんばかりに心音が鳴るなか、だんだんと身体がいうことを聞きだしてきた。  俺は姫さまを抱き締めた。 「よいぞ。これは褒美だ。妾が汝に褒美を授けておるのだ。妾を好きにするがよい」 「はい、姫さま」 ________  姫さまのなかに吐き出し尽くした脱力感の心地よさ、寝室のベッドで腕を枕に俺に寄り添う愛しき姫さま。多幸感に包まれる。 「もう僕は、死んでもいいです」 「戯れるな。妾はけして許可せぬぞ」  姫さまは、唇にそっと唇づけたのち、腕のなかで眠りについた。  厳しいな、一生のなかでこの幸福感はこの先ないぞ。    蹴破られたままの窓から、朝日が眩しく射しこんだ。目を覚ました俺は上体を起こした。  姫さまに、ひとつ尋ねたいことがあった。 「あの、姫さま、ひとつ、聞いてもいいですか?」 「あの蛮人の暴言に、ひとつだけ同感できる点がありまして」 「ふむ」 「いくらこの街の民ともいえど、皆がみな善人ばかりとは限りません。知恵や力をつけていけば、いつか首を狙われてしまうかもしれません」 「……本当になぜ、汝と兄上が瓜二つの顔をしておるかわからぬな。そのような横暴に臆病になる卑怯さなど、兄上は全く持ち合わせなんだがな」 「ですが、無きにしもあらずな可能性ではないですか?」 「ふむ、そのときはそのときだ。汝が我が身を護るがよい。  汝らしく、卑怯さと、臆病さと、横暴さでな」 「はい! 承知しました!」  あらためて実感する。主に仕えるとはこういうことだと。 「せいぜい懸命に仕えるがよい。……一生な」   ―― 第四章:従属する自由 the end ――
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