序章:旅立ちの日

5/6
前へ
/42ページ
次へ
「ねーねーカッコいいオニーサン、俺たちと楽しいことして遊ばない?」  僕の首に刺青の入った腕が後ろからかけられる。  しまった。油断していた、気が大きくなっていた。  いま僕は、衛兵もつけずに夜の街をひとりで歩いていたんだった。 「ごめんねお兄さん、今日は疲れたからもう休みたいんだ」 「え〜、つれないな〜、遊んでくれてもいいじゃん、ねぇ、さっきカジノで大勝ちしたオニーサン?」  肩にずっしりと体を預けられる。上背も体格も明らかに向こうが上回ることが感覚でわかる。  僕がむりやりそれを振り払い逃げようとすると、背中を突きとばされ仲間のひとりに足をかけられその場で転んだ。 「賢いね、キミは。俺たちのこと考えて持ち運びやすいように金貨に両替してくれたんだね」  その間に僕の上着を剥いだ刺青の輩の手には、僕の上着と上着に入れていた全財産が握られていた。  奪い返そうと起き上がろうとしたところに背中を踵で踏みつけられた。僕は地面に突っ伏した。 「賢いね、キミは。もしかしたら上着のお金が全財産だと勘違いしたところに残りをガメれたかもしれないもんね」  皮肉のつもりだろうがそれが全財産だ。あと、ガメるってなんだ、それは僕のお金だろ。  そんな僕にはお構いなしに上から下まで次々剥ぎ取られては中を探られた。 「賢いね、キミは。こんなところに隠してもスグにバレるもんね」  そういうと入れ墨の輩は僕の肌着をずらし、尻の穴のなかに指を入れてきた。うつ伏せのまま背中を踵で踏みつけられて抵抗しようにも抵抗できない。  痛みとそれを越える不快感に身の毛がよだった。  そしてなにより、 「賢いってなんなんだ、本当に他はなにも持ってない!」  そのセリフをやめろ。僕はその言葉に洗脳されてきた。  初等部の頃から試験でいい成績をとらされるたびに、いじめっ子に一方的に打ちのめされるたびに先生にそう言いなだめられた。  親に勉強させられただけなのに、やり返さなかったのではなくやり返しきれなかっただけなのに。  そのセリフを、不満だらけの仕打ちのなかで僕に一方的に我慢させ続けたそのセリフをやめろ。 「賢いね、キミは。そう言えば他のひとなら信じこむかもしれないもんね、ホントにこれしかガメてないって。ガメないでよ、俺たちのおカネ」  聞く耳持たずか。でもここは引けるか。 「そもそもガメるってなんだ! その金は僕のだろ!」  刺青の輩は相変わらずしらりとした顔をしている。 「賢いね、キミは。賢過ぎてつい言葉が難しくなってしまうのか俺には意味がわからないよ。  だけど、弱者のモノは強者のモノだってことは弱者のキミが強者の俺に俺がよこせっつってるモノを平然とガメたままトンズラを考えてるってことは俺でもわかるからそこは安心してよね」  ふざけるな、僕がいったい何をしたっていうんだ、なんでこんな仕打ちを受けないといけないんだ。
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加