第一章:自由への旅路

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「夜だ……」  明かりとなるものは、月と星だけの自然界の夜。  木々から伸びる枝葉に空を覆われた森ともなると、それは漆黒の闇というに相応しかった。  様々な恐怖が全身を襲った。野盗に襲われたら? 猛獣に襲われたら? そしてなにより。 「水だけでも飲みたい……」  ノドが渇いて仕方がない。生物に最も欠かせないものがいつ手に入るかわからない、今まで体験したことのなかった恐怖に鳥肌が立つ。  僕はしどろもどろになりながら、探り探りで足を進めた。木の根や石塊がつま先に当たるたびに、文字通り暗中模索の旅のリスクを実感する。  焦りが歩を急かし、恐怖が歩を止めるなか、僕はとうとうその場にへたり込んだ。  行き場を失った苛立ちから地面を叩いた。昨日の記憶が蘇った。 「なんだ、あるじゃないか、食糧と水」  それは適度にみずみずしく、そこそこには肉付きもよく、そしてそれからは逃げられる可能性も襲われる恐怖も感じなかった。  僕は無我夢中でかぶりついた。渇ききったノドが潤い鳴ることも忘れた腹が満たされていった。  僕はひとしきりかぶりつき、食欲が落ちついたところでそれに回復魔法をかけた。  大気中のマナが僕の腕に集結し、骨が肉をまとい肉が皮で覆われ形が整ったのち血液が巡った。  僕は確信した。回復魔法がありさえすれば、僕は飢餓では死なないと。  生きてはいける、でも。 「自分自身を食べて生きる、捕食者ではない弱い生き物」  それがいまの僕なんだ、その実感が情けない。  僕は腹が満ちてみなぎった力を拳にこめて近くの樹の幹にぶつけた。  聞き覚えのある弱々しい音がした。 「そんなんだから痛い目をみるんだ」  僕はまた拳を幹に叩きつけた。いま唯一の暴力をふるえる相手、好き放題に扱える相手が自分の拳だった。  拳が脳に痛みを訴え、それを脳でないがしろにする。拳をいじめ、脳で強がる。  空しい限りの愉悦感、自尊心の自己防衛。壊れる拳で心を守る。  空虚のなかで迎える翌朝。  昨日とは違う場所であっても昨日と同じ朝の目覚め。さて今日はなにをしよう。  あれほど求めた「自由」とは、実はいまの状態を指すんだろうな。縛るものはなにもなければ、目指すものもなにもない。  やるべきことが見当たらないなか、やりたいことも見つからない。  そんなことを思いながらただ漠然と歩くなか、さらさらと水が流れる音が聞こえた。ひとまずは音の方へと歩いてみた。  小川をみつけた。服が汗臭かった。肌がべとついていた。そしてなにより、血生臭くない水分がノドを通ると思うと心が躍った。 「……!」 小川の方へと歩をすすめると、動く影があった。動きや大きさや鳴き声からおそらく野ネズミの類だろうな。  僕は動きのあったもとをたどって木の根を見た。  掘られたような穴があり、その先に草を集めて丸めた鳥の巣のようなものがあった。  崩すとなかで、ネズミの赤ちゃんたちが眠っていた。  僕は足もとの小枝を拾い、一匹一匹つまんでは串刺しにしていった。恨むなら、見捨てて逃げた君たちの親を恨んでほしいね。  小枝を集めて魔法で火をつけ火を焚いて、まだ息の根が止まってはいない赤ちゃんたちを焼く。  ぱちぱちと音をたてながら、チューチューと悲鳴をあげながら、赤ちゃんたちが美味しそうな焼き色つけ香ばしい香りを放ち思わずよだれが垂れてきた。  こんがりと焼けた赤ちゃんたち。生まれたての死骸たち。  その丸焼きたちにかぶりつく。美味い。昨日食べた自分の腕とは比べものにならない。  ふと僕は、実家の生活を思いだした。こんな不潔でおぞましいものなんて、けして口にしなかっただろう。  だがいまは違う。輩に奪い尽くされ蹂躙され傷ついた自尊心が、命を奪い、命を喰らうことで癒やされる。 「僕は弱い生き物だ、それでもいちばん弱くはない」  当たりまえかもしれないけれど、「裏付け」って大事だね。僕でも奪える命があって、僕に奪われた命があって。  野生の世界の弱肉強食、弱い肉より強い捕食者で僕はありたい。
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