マットレスが死んだ

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 感染症対策として開け放たれている窓からはいつも花粉が入り込んできて、教授のたどたどしい声がスピーカーから放たれているだけの講義室に、ひどく大きなくしゃみが響くことがあった。毎回突然の大音量に驚きながらも、なるべくそちらを気にしないよう、私はノートにペンを走らせている。春の風は暖かくて、少し寂しい。誰からも反応がなかった教授の「くしゃみは自然現象だから仕方ない」という言葉は、まだ、教室の床に転がっている。  少ない昼用のナプキンをしてきたせいで、血が漏れていないか心配だった。教授が黒板をスライドさせて、上段と下段が入れ替わる。乱暴に書かれた「ソシュールの言語理論」という文字の、端っこのほうがほつれていた。とにかく、帰りに多い日用のナプキンを買う必要があった。  現実が、イメージに先行すると、どうして言い切れるのでしょう。ががっ。マイクの調子が悪いのか、途切れ途切れに教授の声がした。教室の隅に座っていた学生が、ノートパソコンでフリーゲームをしている。シャープペンシルの芯が折れたその瞬間、太股の間に挟んでいたスマートフォンがメッセージを通知した。携帯を抜き取り、教授が黒板のほうを向いたのを見てから画面を確認する。『授業おわ』、いとちゃんからのメッセージが表示されていた。返信はしなかった。
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