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とあるゴシップの贖罪
俺の筆が、人を殺した。ペンは剣よりも強しというが、剣すら持つ人によって勇気にも凶器にも変わる。俺のペンは、後者のほうだった。
俺はしがない物書きで、仕事はもっぱらネットニュースを書くことだった。ネットという大海原の中で魚を狙う者が多数いる中、重要なのは魚の目を引く奇抜なワナだった。つまり、ゴシップ。著名人の私生活を赤裸々に。世の信義に反する内容であればあるほど好ましく、文章を書き殴って衆目へと晒す。
ある日俺は、不倫を働いたとある俳優を、筆で殴った。彼の半生がいかに不誠実で、救いようのない悪人であるかを書き連ねた俺のネットニュースは、たちまち拡散された。ネット上をものすごい速さで駆け巡ったそれは、たちまちその体を肥大化させ、闇とも光とも区別がつかず、ネットの住人の心を食って回った。そうして、最後にはその俳優を飲み込んだ。自殺だった。親族もろとも、一般市民の『正義』に当てられ、心を病んだその俳優が、首を吊った。
俳優の死後、ネットの誹謗中傷は一時期に比べれば落ち着いたものの、依然として彼を死体蹴りする者もいた。倫理観念が崩壊した世界で、その光景は俺の心を癒すのだった。ほら、奴は死んで当然の人間だったではないか。
月日が経った。俺は小説を書き、賞を獲った。ネットニュース書きは、ある日気が付いたのだ。人々の刺激を埋めるには、過激なことを書けばいい。
そうして俺は、フィクションを書いた。突拍子もない設定、展開、結末。たくさんの人が理不尽に死ぬ刺激的な物語。それが、マジョリティを満たした。
「やりましたね、黒井さん!」
そう言うのは、担当編集の鴨井だった。黒井と言うのは俺のペンネームで、期待の超新星、というのが肩書きだった。
「今までの努力が実りました」
俺は笑ってみせる。影の住人が地表に這い上がってきて、人並み以上の生活を送る。そう、俺は捨てたのだ。影なる自分を捨てて、新しく生まれ変わったのだ。これからは黒井。作家界のスーパーノヴァ、それが俺なのだ。
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