1人が本棚に入れています
本棚に追加
作家業は、驚くほど順調だった。俺が書く小説はどれもがヒットして、名声を我が物とした。一部の評論家からは、文学性のカケラもない紛いものだと批判を受けた。が、構わなかった。その程度の批判は、ネットニュース上がりの俺には瑣末なものだった。売れるものを書けるのが正義だ。今日も俺の小説では、人が死ぬ。それも大勢が、極めて惨たらしく。これこそが、読者が求める刺激なのだから。そうずっと思っていた。
「次回作は少し、趣向を変えてみましょうか」
担当編集の鴨居が、そう提案してきた。喫茶店で向かい合った俺は、優雅にコーヒーを啜る。
「今の黒井さんの評判は、はっきり言ってイロモノに近いです」
眉のあたりがぴりっと痺れた。聞き捨てならない。俺はカップを置いて、鴨井に詰め寄った。コーヒーが数滴、テーブルに飛び跳ねる。
「すみません、変な意味ではないのです。けれど、文学という観点からは、黒井さんが評価を得られていないことも事実です。ストーリーが過激なだけのイロモノだという批判が多くて、僕は残念に思います」
鴨井は至って真面目で、そのことが、俺を気後れさせた。文学性など、俺は考えたことがない。
「ただ、そんな評価はきっと、実力のある黒井さんの本質が見えていないやつらの妬みです。だから今度は、しっかり純文学で、斜に構えた奴らの鼻っぱしらを折ってやりませんか」
鴨井は真っ直ぐな瞳だった。俺のデビュー当時からの担当である彼は、もしかするとこの黒井という作家に、特別な思い入れがあるのかもしれない。
俺は神妙に頷いた。純文学など、書いたことはおろか、読んだことすらない。それでも、作家・黒井の新天地を願うこの若者の熱意に、応えぬわけにはいかなかった。
最初のコメントを投稿しよう!