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あの子が海に沈んだ。
じいがいつものようにつけた夜九時のニュース番組で、ぼくはあの子によく似た女性を見た。
『私の実家に預けていて……祖父母と一緒に、乗ったんです。まさかこんな……それが、こんなことになるなんて』
泣き崩れる女性の肩を、男性が抱き寄せる。その顔には、ひとり娘を行方不明にした船長や運航会社への怒りが、涙となって滲んでいた。
『帰ってきて……』
命を振り絞るような女性の声が、切ないあの子の声と重なった。
『帰りたくない』
その瞬間、身体のなかから燃えるように熱い悲しみが噴き出した。
茶碗を床に叩きつけて、ぼくは暴れた。めちゃくちゃに手足を振り回しながら泣き叫んだ。じいはぼくに何が起きたのかよくわかっていて、一緒に涙を流してくれた。
声が枯れると、ぼくはふるえる脚で立ち上がった。
「海に行ってくる」
じいは頷き、「気をつけろ」と静かに言った。
ぼくは外へ飛び出す。孤島の暗闇のなかで、波の音が響いてくる。
転げるように走った。裸足の痛みより、貫いてくる胸の痛みのほうが辛かった。
潮の匂いが近づいてくる。ぼくはほとんど嗚咽しながら、張り巡らされた石塀を乗り越えた。降りれば砂浜がある。その先に夜の海がある。
あの子を沈めた海の色は、怖いくらいの黒だった。
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