姫君は、自ら恋の味を知る

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玄国(げんこく)の王、斉龍(さいりゅう)は、先程から渋い顔を弛めようとしなかった。 曲がりなりにも、陸の覇者と呼ばれている、この大国が、名も知られていないような小国と、縁続きになりそうなのだから──。 「巫女よ、一体どうすれば?」 「恐れながら、神の告知は、既に出ております。(わたくし)は、それを、お知らせする役目でございます」 王の前にいる女は、淡々と、己の役目を述べた。 確かに、言う通りではある。しかし、授けられた、神託は、斉龍(さいりゅう)にとって、認められないモノであり、そして、絶対的に、従うモノである、と、いう掟も、理解している王は、さても、と、歩むべき道へ踏み出す事を躊躇した。 しかし、巫女あっての、この国。と、言って良い程、悠久の昔より、(まつりごと)に、つまづいた王は、国が、抱える巫女の神託に、従い、(まこと)の道を歩んできた。 それだけに、巫女の発する言葉は、絶対であり、また、巫女の存在は、王と、その跡を継ぐ者だけの秘密でもあった。 「……すまぬ、巫女よ。しばし、時を貰えまいか」  王は、気持ちの整理をしたいと、巫女に告げ、部屋を出て行った。 「本当に、子煩悩な方だこと」 巫女は、消沈した王の背中を見送りながら、呟いた。 ──その頃、宮殿の奥深く、王の側室達が居を構える後宮の手前。   広がる蓮池を望む様に建てられた、離宮では、何やら、(いさか)いが起こっていた。 「わかりましたわ。その様に仰せになられますのなら、こちらにも考え方が、ございます」 「あら、あら、那須羅(なすら)様ったら、これは、やっちゃいますわね!」 緑眼白皙(りょくがんはくせき)の女が、どこか嬉しげに褐色の肌を持つ女へ、耳打ちしていた。 那須羅と呼ばれた、白銀(しろがね)色の巻き髪の女は、鬼の形相を向けてくる、王太子妃、耀我(ようが)に、言い放った。 「早速、国元へ、文を送りましょう。今後、一切、玄国へ、(てん)(ひょう)麝香猫(シベット)などなど、こちらでは、貴重な毛皮の取引を取り止めるように伝えます。何しろ、女狐と泥棒猫がいるのですから、そちらで、十分でしょう?」 「なっ、なっ、なんですって!お前、誰に向かって!」 耀我は、わなわなと震えている。 「いやー、これは、大変な事になりましたぞ。斉令(さいれい)様。あなた様が、妃様のお相手をきちんとなさらないから、諍いが起こるのですよ」 戸口で、男が、王太子、斉令を引き連れ、わかったような口を利いている。 「まあ!相変わらず、空気の読めないお方だこと!」 「と、いうより、なんで、ここにいるのでしょう?あの方は。しかも、斉令様を引き連れて。妙に馴染んでませんか?摩耶(まや)様?」 「ほんとですね、でも、一応は、来賓ですわよ。陰徳(いんどく)様、口をお慎みなされませ」 ──我が妃よ。と、王太子、斉令が口重に、妻である王太子妃、耀我へ声をかけた。 とたんに、耀我は、ひっと、小さく声を上げる。 夫の癖を知らぬはずがない。と、いうより、顔を会わせれば、結局、のの知り合いに終わる仲。その、始まりは、常に、斉令の重い口振りからなのだ。 これから何が起こるのか、耀我が、一番分かっていた。
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