第六章 闇を裏切る

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 はっと、目を覚ます。 「ラッセ!」 「気がついたっ!」  視界の両側いっぱいに現れた、ドニとダナに、ラッセは思わず目を瞬かせた。自分は、……ネイが持っている薬を飲んで、死んだはずでは? 「捜したよ」 「まさか、皇太子になっていたとは」  ラッセの戸惑いをよそに、ドニとダナが次々にまくし立てる。ダナが差し出したコップの中の液体を飲み干すと、ラッセの頭は少しだけしゃきっとした。 「もう、皇太子ではないがね」  そのラッセの耳に、クラウス卿の、安堵が入った声が聞こえてくる。 「ここは?」  その卿の、穏やかな顔に、ラッセは質問を一つ、した。 「教王の都の、私の屋敷だ」  毒矢からの毒で瀕死の状態となっていたラッセを救ったのは、ラッセを捜してぎりぎりのタイミングで教王の都に辿り着いたダナの薬草術と、クラウス卿の機転。ダナが飲ませた薬で仮死状態になったラッセを、聖堂騎士として教王庁付属の聖堂に葬るよう、クラウス卿は皇王を説得し、そして細心の注意を払い、ラッセを自分の屋敷に匿った。 「大陸の民の幸せのために、私は、ラッセに皇王になってほしいと思っている」  ドニの手を借りて起きあがったラッセの耳に、クラウス卿の静謐な声が響く。 「だが、友人の息子の命を犠牲にしてまで、意志を押し通すつもりはない」  ラッセの命を狙う者がいるのなら、ラッセは、このまま亡くなったことにして、ダナとドニと一緒に銀鉄の島で暮らした方が良い。はっきりとしたクラウス卿の言葉に、ラッセは感謝の意を込めて頭を下げた。皇太子として頑張ってはみた、けれども、やはり自分には、……あの島での、自由な暮らしの方が向いている。ずっと感じていた肩の強ばりが解けたような気がしてラッセはそっと、腕を動かした。  まだ残っていた矢傷の痛みが、あることを思い出させる。 「ヴァイスは? ヴァイスは、どうしているのですか?」  テオに捕らえられたヴァイスの、戸惑いにしか見えなかった表情を思い出す前に、ラッセは急くように、クラウス卿にヴァイスのことを尋ねた。 「屋敷の一室に、閉じ籠めている」  悲痛にも聞こえるクラウス卿の声に、ただ一つ、頷く。皇国の皇太子であるラッセを、あるいは仕えている主君である教王猊下を弑そうとした罪は、重い。父母の地位が故か、結論は未だ出てはいないが、おそらく、斬首以上の刑になることは、確実。 「ヴァイスも、銀鉄の国に連れて行く」  一瞬で引き出した結論を、ダナとドニに告げる。 「しかし、ヴァイスは」 「良いわ」  躊躇を見せたドニを制し、低い声のダナが快諾してくれたことに、ラッセはほっと安堵の息を吐いた。
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