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罪深き所業
ルシファス卿はリジナルドからの依頼を『〝醜聞紳士〟計画』と名付け、早速準備に取り掛かった。
相手がリジナルドでなければ、この計画に十年もかけるなどという大それたことは考えなかったし、未来の青年に手ずから紳士の教育しようなどとは思わなかったはずだ。
ルシファスはかつてない壮大な計画に心が躍った。
「もしこの計画が成功したら、犯罪コンサルタントを引退してやってもいい」
独り言を聞きつけたルシファスの若き腹心、ノリス・モートンは、老練な家令よりも鍛え上げられた静かな表情を思わず動かし、卿の顔をまともに見てしまった。
「引退、でございますか」
「誰が聞き返せと命令した?」
先程までの愉快な声から一転、凍りつくようなバリトンで話題を封じられ、ノリスは自分の失言を恥じたのか、顔を伏せた。
「申し訳ございません」
「ふん、やることは多いぞノリス。何しろ身寄りのない美貌の少年を探し出し、蛮人を紳士に仕立てあげるのだからな、十年以内に」
社交界のマナーは一朝一夕で身につくほど甘いものではない。ルシファスの計画は、単にロレーヌ下層の浮浪者から若い男を見つけ出せばいいという話ではなく、紳士を誰もが認めるようなクリアな経歴にするには十年でも不安なくらいだった。
何より難しいのは、リジナルドを社交界に入れるためのハニートラップ技術を仕込むことだ。
社交界のスキャンダルを秘密裏に操るには、醜聞紳士には色仕掛けを覚えてもらわねばならないし、スキャンダルで罠にかける対象を変えるたびに、身分や名前を変えてもらう必要があるかもしれない。
馬鹿には務まらない。
ルシファス卿はノリスを見た。
この男も男で醜聞紳士にふさわしいが、逆に頭が良すぎる。そのような若者に悪意を抱えさせて社交界へ放り込むのは危険だ。寝首を掻かれかねない。
「足がつかないような方法で候補を探し出せ。黒炭ではなくダイヤモンドをだ。ノリス、わかっているな」
「はい。一シーズンあれば」
「一ヶ月だ」
「かしこまりました」
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