邪智か暴虐か

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 六つも年が離れていようと、兄弟同然であった二人。その仲が引き裂かれたきっかけというものがあるとすれば、ルシファスがリジナルドを裏切り、一人で男爵家に取り入ったことだ。  リジナルドは目にぎらりとした光をたたえた。 「やってくれるだろう、ルシファス?」  ルシファスは一世一代のリジナルドの発注に対し、しばらく空中に視線を彷徨わせていた。  この目はよくない。非常によくない。  もしもリジナルドを見捨てなければ、彼はここまで野蛮な男にはならなかったのではないか。ルシファスは何かにつけて何度もそう思い返している。  ──いや、後悔などするものか。男爵家に取り入るチャンスを掴まなければ、今でも二人共々悲惨な思いしていたに違いない。  ルシファスは姿勢を正し、チェス盤の上の駒を弄んだ。 「……社交界の大敵は醜聞(スキャンダル)だ」 「なに?」 「おまえに、私が手ずから調教したとびきりの若い紳士を一人用立ててやる。花の(かんばせ)、薔薇の蕾の唇をして白磁(はくじ)の指を持ち、触れたあらゆるものを浄化させるような若い紳士を──」 「それをくれて、わたしにどうしろというんだ」 「──そしてとびきりの手管のやつを、だ」  その言葉を最後に、抗議を申し立てようとしていたリジナルドはすっかり黙り込んだ。二人は視線を交わし、暗黙のうちでこの完璧な計画が通じ合った。  とびきりセックスが上手な魅力的な紳士を一人、社交界の野に放つ。自分に都合の悪い人間を手管で落とし、醜聞で排除し、都合のいい人間のみを社交界に残すことでリジナルドの地位を相対的にのし上げようというのである。  そうすればあとはリジナルドが勝手にやるだろう、とルシファスは確信した。 「セックスを征する者は犯罪を征する。そうだろう、リジナルド?」 「金に糸目はつけない。どれくらいかかりそうだ?」 「そうだな」  ルシファスは立ち上がり、窓の外を見た。 「長くて十年だ。おまえはその頃、今の私くらいの年だな」  ゆっくりとルシファスは窓からリジナルドを振り返り、上品かつ邪悪な笑みを浮かべた。 「王弟殿下に食い込もうというのだ、それくらい待てるだろう? その間、何か社交界入りできる称号でももぎ取っておけ」
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