罪深き所業

9/10
前へ
/140ページ
次へ
「さて虫けらよ、ふたつ目の質問だ。おまえはまっすぐ私を殺すつもりでナイフを握った。それで? 私の正体を誰から聞いた?」  卿が何をしようとしたのかを悟った哀れな人買いは、恐怖に喉を引きつらせながら顔を左右に振った。 「知らない」  ルシファスは躊躇なく溶けた蝋を傷口に垂らした。 「ぎゃあああ──ッ!!」 「これは由々しきことだぞ、虫けらよ。このロレーヌ内で、私が犯罪コンサルタントであることはそう簡単に広まってはいけない事実だ。しかし誰かが私の正体を知っていて、それをおまえに吹聴し、私を殺せと命じた」 「ぐう、ぁあああっ」  人買いが蝋燭を持つルシファスの手を何としても押さえつけようとした。しかしノリスがそれを許さない。手首を掴み、ぎりぎりと力を込めて阻止する。 「知らない、知らない、知らないんだぁッ!」 「知らない。甘美な響きだ。どれだけ拷問されても始めから知らなければ絶対に情報は漏れないからな。その点おまえに私のことを吹き込んだ相手は亜流ではないらしい。だが知らないからといって、おまえを苦痛から解放する担保にはならないぞ。無知というものは、おまえの雇い主には甘美だが、おまえには生き地獄だ。強情になっても得をすることはないのだがなあ」  右足に突き刺さったままのナイフの柄に手をかけ、抜き取る。先ほどよりもさらに過激な悲鳴が耳をつんざく。 「私も必死だからな、今度は左足に訊くしかあるまい? もちろん左足が答えなければ次の部位だ。情報を持たぬのならそれもそれで、楽に死ねるなどと思うな、虫けら。苦しんで、苦しんで、苦しんでから、死んでもらう。はは……」  ルシファスは笑いながら、額から汗が浮かぶのを感じた。 「雇い主のことを知らなくても、命令を受けるための接点はあるだろう? 口調、筆跡、容姿、指示の時間帯……」  この地下牢はどうにも居心地が悪い。一刻も早く出て行きたい。しかしヴェルダンになんとしてでも情報を吐かせなければ。  地下牢に、いもしない青年たちの叫び声がする。大人の喘ぎ声がする。いや違う。これは幻聴だ。  ──ここには誰もいない!  主人のかすかな変調に気づいたノリスが、ルシファスを横目に盗み見た。  その瞬間だった。
/140ページ

最初のコメントを投稿しよう!

184人が本棚に入れています
本棚に追加