王都ロレーヌの社交界

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王都ロレーヌの社交界

 時は(ひるがえ)り──王都ロレーヌは社交シーズン真っ盛りであった。  数々の邸宅では客間の社交会(サロン)が開かれ、そこに訪れた客の名を執事が朗々と唱え上げる。 「ルシファス・ダネイ男爵!」  ルシファス卿は三十(なか)ばの紳士らしい優雅な歩みとともに応接間へ入り、屋敷の女主人・ダットン侯爵夫人の手を取り、真っ先に挨拶をした。 「お招きいただきありがとうございます、侯爵夫人」 「あなたのような紳士ならいつでも大歓迎ですよ」 「ただのしがない男やもめですが」 「そしてとびきりの独身男性というわけね」 「まさか私に新たな妻を、と?」 「男女の交友を育むでも構いませんよ、そのようなものがあるのなら。それともを探しにいらして?」 「ご冗談を」  ダットン侯爵夫人は扇で口元を隠した。 「でもねえ、このシーズンは供給過多気味な女性の数も、もしかしたらとんと減ってしまうかもしれませんわ」 「とおっしゃいますと?」 「近頃のロレーヌの治安と言ったら、本当に恐ろしいではありませんか! 犯罪が当たり前のように蔓延(はびこ)って……王室のお膝元だというのにね」 「なるほど。確かに近頃は、若い婦女ばかりを狙ってナイフで口を裂くという〝口裂き男〟や、王政銀行から金塊がごっそりと盗まれた不届きの大泥棒、議員や要人ばかりを誘拐し煙突に宙づりにするという自称義賊……」 「ああやめてちょうだい、ルシファス卿!」  この頃起こったセンセーショナルな事件を眉根ひとつ動かさず述べるルシファスの手に、ダットン侯爵夫人の閉じた扇が打ち付けられた。 「そのようなことを口にしてはレディが失神しますわ。震え上がっておいそれと外へ出歩けないほどなのに」 「失礼いたしました。これ以上何か余計なことを口にする前に退散するとしましょう」  ルシファスは応接室の出口へ視線を向けた。と、その時。廊下に一対(いっつい)の男女がすれ違ったのを目に捉えた卿は、眉をひそめた。
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