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「あのレディと一緒にいる紳士、もしやクラウス・ルヴィ氏ではないですか?」
「ええそうですよ。招待はしていないんですけれど、楽しい殿方ですし、何より議員ですしね」
「これは、よろしくありません。まったくよろしくない」
ルシファス卿は嘆かわしいとばかりに首をゆるく左右に振った。
「侯爵夫人、私が先ほどどこへ行っていたかを申し上げたら、あなたはきっとひどく失望なさるに違いありません」
「まあ、なあに? どちらに行っていらしたの?」
「ルヴィ夫妻のお家ですよ、まさに。夫人はひどく情緒を乱されておりまして、というのも、夫が最近仕事と称してすっかり家を空けがちになり、家庭が冷めきっているのだとか」
今しがた姿を現した男の妻の名前が出て、侯爵夫人は予感めいたものを覚えたのか、その場で立ち上がった。控えていたメイドが慌ててドレスの裾を整える。
「彼女は妻として自分の至らなさを責めておりましたよ。『夫の不貞を疑う自分が情けない。万一そのようなことを許してしまうとしても、それは自分の不足によるものだ』と」
「それであなたは、かわいそうなルヴィ夫人の話し相手に?」
「男女の交友を育みにね。夫人が話して楽になるのであればいくらでも謹聴します。しかし、本日私がルヴィ夫人の元へ参上したのは、ルヴィ氏が議員の仕事で家を空けているからだと伺っていたのですが……」
侯爵夫人と男爵はそろって、廊下にいるクラウス・ルヴィを睨んだ。氏は未婚らしき淑女の手を取り、甲に唇を落とし、つまるところ誰がどう見ても口説いているように見受けられた。
「ルヴィ夫人の不安は大げさなものかと思っていたのですが、しかしこれはあながち……」
それからの侯爵夫人の行動は素早かった。ひだたっぷりのドレスの袖を振り、顔を紅潮させルヴィ氏へ迫ったかと思うと、その扇で顔を打ち付ける。
「この恥知らず! 今すぐわたくしの家から出ていってちょうだい!」
「おう……」
ルシファスは視線だけで天井を仰いだ。あの哀れな不貞紳士はおそらく、二度とロレーヌの社交界に招待されまい。
スキャンダルは社交界の大敵なのだ。
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