邪智か暴虐か

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邪智か暴虐か

「──そういうわけで、予定通りクラウス・ルヴィは社交界から締め出される運びとなったわけだ。といっても、議席に損失はあろうと社交界に損失はなかろう」  ルシファス卿はほとんど唸りに近い小声で紳士の行く末を興味もなさげに報じながら、チェス盤の上にある黒い駒を動かした。 「そのような小物を社交界から追い出そうとも、目の前に犯罪コンサルタントがいることには誰も気づかないのだから、有閑階級たちの目は潰れているとしか言いようがあるまい」  向かいで同じように盤面に目を落としている男は、ルシファスの一手からほとんど間を置かず次の手を打った。  男──リジナルド・モロウは、長髪を束ねた美麗痩躯の若者だ。 「ふん、ルヴィなどよりも私はよほど穏健な紳士だよ」 「どの口が。社交界で忌むべき噂が立っている〝口裂き男〟も、金塊泥棒も、議員宙吊り魔も、元をたどればあなたが計画を売ったせいなのだろう? 完全犯罪を」  ルシファス・ダネイは男爵という身分でありながら、同時に王都ロレーヌの裏社会に身を置く犯罪コンサルタントであった。その正体を知る者は、神を除けば数人の腹心と、卿と最も長い付き合いをしているリジナルドだけであった。  ルシファスは再び駒を動かした。 「歴代の愉快犯の心理というものをいやというほど思い知らされるな。真に完全な犯罪であればあるほど、犯罪が起こったことにすら周囲は気づかない。誰にも気づいてもらえないのであれば、ほんの少しのボロを出し、世間を振り向かせようという魔が差してもおかしくはあるまい」  リジナルドが白い駒を動かすと、ルシファスは話を一旦中断して盤面を俯瞰し、再び唸りをあげた。手を口につけ、長考の気配を見せたかと思えば再び駒を動かし、相手の白を奪い取る。ルシファスと互角に対局をできる相手はリジナルド以外にはいないと、卿を知る者であれば誰もが口を揃えて言うに違いない。 「で、あなたは愉快犯になりたいと?」 「答えのわかりきった質問をするんじゃない、え、リジナルド? ボロを出しても気づかない連中ばかりなのだ。そんな不毛なことをしてどうする。……社交界で警戒すべきは今も昔もシルヴァだけだ」  リジナルドは一瞬盤面から視線を外してまじまじとルシファスの顔面を見た。一年ほど前に病死したかつての妻の名で冗談を言うつもりなのかと思ったら、卿の顔は真剣そのものだ。
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