邪智か暴虐か

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「あの女は(さと)かった。社交界に愛がないということを知り尽くしていたし、自身の結婚が両親の政略によるものだと気づいていたし、私の本性を見抜いていた。(めと)った時から病気がちだったとは言え、ついぞシルヴァとは寝なかったしな。……いや添い寝くらいはしてやったかな」  リジナルドは失笑した。 「愛がなくてもあなたは誰とでも寝られるはずだ。男も女も」 「男色は社交界では醜聞(しゅうぶん)だがな」 「ロレーヌから男娼がいなくならないわけだ」  リジナルドの声には、微かだが凶暴な憎悪が滲み出ていた。 「シルヴァとは寝る必要がなかった。相手が望まなかったからな。ときどき、あの女は私のために早く死んだのかもしれないと思う時があるのだよ。葬儀の時に『妻を愛していた』などとするりと口からついて出たのは、他ならぬシルヴァだったからかもしれないな」  シルヴァ、シルヴァ、シルヴァ、とルシファスは口の中で名を三回唱えた。 「これは実際すごいことだ。愛しているなどという陳腐な言葉に感慨を加えさせたのは、今のところあの女だけだな」 「社交界以外で警戒すべき人間は?」  リジナルドが白い駒を動かし、「チェック」と相手に王手で迫る。 「目の前にいる」  ルシファスはさも当然だとばかりに述べた。黒のキングを逃す。白のクイーンが目の前に迫っている。 「おまえは私が最も警戒すべき男だ」 「チェック」  リジナルドは答えず、そう唱え、ルシファスはキングの駒をゆっくりと盤の上に倒した。 「自ら考案した犯罪の完全性にちと浮かれすぎたかな」 「浮かれなければ勝てたと?」 「あと、先手であれば」 「聞き苦しいな、ルシファス」  その時だった。二人のいる部屋から遠くかすかに、断末魔のごとき男の悲鳴が聞こえてきた。紅茶を飲もうとカップにつけていたルシファスの口が一気に歪む。 「おまえはいったいぜんたい、今度は何に首を突っ込んでいるのだ、え?」 「知っているくせに」 「拷問までして情報を吐かせなければならない組織とは、極力関わり合いにならないと決めている」 「では関わり合いのないことだ。あなたが知性を尽くして完璧な犯罪を凡人へ売りつけるのだとしたら、わたしは組織と暴力を持ってして凡人の汚れ仕事を請け負う」 「馬鹿め。知的犯罪こそが人間に最もふさわしい犯罪だぞ。犯罪の暴力性を賛美することは、千人を集めたオーケストラをして音楽だとのたまうようなものだ。石を振り上げて頭をかち割るだけなら猿にでもできる」  普段であれば紳士的なルシファスが、リジナルドの相貌を目に捉えてはわざとらしいほどに彼をたしなめた。
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