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 赤ん坊は、男の子でしたね。  あの子に似るかもしれませんね。  私の息子、生まれたときは、大きい赤ちゃんでした。3600グラム。頬がふっくらして、新生児室で一番可愛い赤ちゃんでした。あの赤ちゃん、今でも思い出せます……ああ、懐かしい……。とっても元気で、寝返りもはいずりも早くって、歩き始めてからはあっちへふらふら、こっちへふらふら、見張っているのが大変でしたよ。外食するときは夫と交代しながら順番に抱っこして、ちっともゆっくり食べられませんでした。夫はあの時代の男の人にしては育児に協力的でした。あの子も、そうなるかしらね。  ぎゃっ、なに、エコー写真? いきなりそんなもの、急に見せないでっ。ああもう気持ち悪いっ!  ……いやだわ、私、取り乱して、ごめんなさい。ふふ。最近のエコー写真ってすごく鮮明に写るのねぇ。なんだか、もうすっかり大人の顔に見えません? 赤ちゃんらしくない気が。今ってこんなものなのかしら……。  ああ、そうです、そうです、我が家のアルバムを見せてあげましょう。息子の写真をまだ見せていなかったですものね。  これ。幼稚園の運動会。かけっこで一等賞をとったときの写真。可愛いでしょう。これは砂場で泥んこになったとき、これは幼稚園で喧嘩して帰ってきた日。ふふ。今の大人しいあの子からは想像もつかないでしょう? 一緒にくっついて写っている女の子は、隣のおうちに住んでいた香奈ちゃん。とっても仲が良くって、もしかしたら将来は結婚して幼馴染夫婦になるんじゃないかしらって、夫やお隣のご夫婦と話していたのですよ。香奈ちゃん……。小学校にあがる前に我が家がこちらに引っ越して、親交は途切れてしまいましたがねえ。  ああ、この家? 私の夫の実家ですよ。夫の実家は■■地方の農家で、近場の山を持っていたのだけれど、まあ、所有しているだけ損な山ですよ。土地は義両親が亡くなったときにすべて上の兄弟が相続したと聞きましたし、そもそも、夫が亡くなってからは連絡も取っておりません。もう縁のない場所です。そうそう、念のため言っておきますけれど、私は、貴女達に遺せる財産なんてありませんからね。くれぐれも期待しないでくださいね。  ……お義兄さん達は、遺産相続でさぞ潤ったようです。しかし義両親は、夫が生きていようと、何も遺すつもりはなかったでしょうね。私を嫌っていましたから。私も、あの地域独特の閉鎖的な雰囲気にはついぞ馴染めなくって、心底嫌いでした。私は都会育ちですから田舎という場所自体が苦手なのです。夜になると都会では考えられないくらいに真っ暗になるでしょう? 虫も動物も、よくわからないものもうろちょろしているし。あと、人間が図々しいのも嫌でした。訊いてもいないことをぺらぺらと喋りますし、方言で聞き取れもしませんし、それに、土地の決まりというものを何より大切にして臨機応変さに欠けています。ああいう人種とはとことん気が合いませんねぇ。貴女がこの辺のお生まれでほんとうに良かったわ。
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