84人が本棚に入れています
本棚に追加
決して良太も光も、響を無視している訳ではないと分かっているのに、それでも自分より光のことを一心に見つめて話す良太の横顔を見ていると、どうしても自分の思いごと光に良太を取られてしまうような気持ちに陥り、胸がキリキリと痛くなる。
「オレ、トイレ」
他愛のない話に飛び火した二人の会話に割って入るようにそう言った響は、泣きそうになっている自分の顔を見られないように深く俯いて立ち上がると、逃げるようにその場を離れる。
「──…なんで」
分かっているのに。
好きな人が自分を見てくれなくてもいいと思ったからこそ、良太さんの傍にいるって、決めたのに。
なんで、どうして自分は…泣きたくなっているんだろう。
内心で呟いたその言葉が、胸の奥底に閉じ込めた『本当の気持ち』に突き刺さり、涙が零れそうになる。
―――はじめに体を差し出したのは、響だった。
良太に対して、決して報われない想いを抱いてしまった。
その良太が恋に破れ、傷つき打ちひしがれている姿を見ていられなくて…慰めたくて、泣かないでくれるのならなんでもしてあげたくて、ただ一つ、そんな良太を慰められる方法だと言われて、彼の望むがままにその欲望という願望をを受け入れる決断をしたのも、響自身だった。
…気持ちが響一人に定まらなくてもいいからと、好きになってくれなくてもいいから抱いて欲しいと口にしたのは──自分から、だったのに…
細いだけで、何の魅力もない体に良太の愛撫を受けている時は、『良太を独占している』という想いと共に、胸を満たす愛しい気持ちでいっぱいになる。
それなのに、触れ合っていた体が一度離れてしまうと、そんな想いはあっという間に消え去り、足元から這い上がってくる暗い影の中にずぶずぶと飲み込まれてしまう。
ほんの一時とはいえ愛されていると思う核心めいた想いも、本当はただの幻だと言わんばかりに泡へと変わり、一陣の風に吹き飛ばされ消えてしまう幻影を見るたび、愛する人を失うのではないかという恐ろしさで足が竦んだ。
.
最初のコメントを投稿しよう!