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兄の光は現在、スイミングスクールでインストラクターとして働き、生活をしている。
幼い頃から水が好きな人だとは思っていたものの、誰もが予想していなかった道に進むと言い出した時は、家族の誰もが等しく驚いたものだ。
中・高校の頃の兄ときたら、それはもう今の響のように折れそうだと言われるほどの細身で――…
「わっ、オイ、走んなよッ!」
「きゃ―――っ!」
今じゃそんなの信じられないくらいのマッチョ、と、響がため息混じりに思った時、
ドッパ―――――ン……!!
という派手な水しぶきの音が、響の思考の全てを一瞬にして奪い去った。
「わぁッ!」
プールサイドだけでは波立った水しぶきの勢いは止まらず、金網さえも乗り越えて来て、想像を超える大量の水が響たちを直撃した。
ザ――ン…という、海辺をたゆう残響のような音と共に、
「大丈夫かッ!?」
という声が、呆然と立ち尽くす響たちへ矢継ぎ早に飛ぶ。
(大丈夫なわけ…ないっつーの)
呆れを通り越し、怒りを覚えながら内心でそうぼやく。
「ちょっと部長ッ、部外者まで被害出たよッ!」
「いくら飛び込み台の近くだからって…やり過ぎ~!」
「誰か、タオル持ってこーい!」
プールサイドから様々な声を投げ掛けられながら、響はとりあえず視界を遮るように水分を含んで垂れ下がる前髪を繊細な指先で退かし、水しぶきで目隠しされた目元の水を手のひらで拭い、世界の色を取り戻す。
それでも頭上から垂れてくる水が気になり、頭を軽く振って髪を濡らす水を払った。
「きゃっ!」
何だよもう、とぼやきながら水を払っていた響の耳に、女子の小さな悲鳴と金網を鳴らす音が聞こえて、その正体を確かめるために顔を上げた。
――その、瞬間。
照りつける日差しを背後にして、長身の男が響の頭上から飛び降りてくる。
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