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あまりのことに呆れた響は、太司が先輩だという認識も忘れたかのような冷めた顔をして教室の中に体を戻すと、駆け寄るクラスメートたちを無視して響に笑いかける太司を眇た目で見つめ返す。
…一応気休め程度に黄色と黒のロープを腰に巻いて命綱にしているようだが、非常階段の手摺りに結びつけた結び目が蝶々結びで、この上なく心細い。
階を繋ぐほんの少しの段差に足をかけられるようだが、それにしても太司が取った行動は、他にない愚行としか思えなかった。
「こら徳川ッ、またお前か!」
「ハァーイ、山ちゃん、HR中にお邪魔してごめんねぇ」
「ごめんねぇ、じゃないッ、なんつーことしてんだ!」
「え~、『ロミオとジュリエット』ぽくて、よくなくなーい?」
と嘯きながら太司が窓枠から片手を離して髪を撫で付けると、教室の中から悲鳴が上がる。
「どこにジュリエットがいるか知らねーが、とっ、とっとと戻れッ、危ねぇだろッ!!」と、動揺を隠しきれない担任がそう言うと、太司は教師を無視して固い表情をしている響を見た。
(…何?)
太司にじっと見つめられた響は少し身を引いたが、それでも太司の傍からそれほど離れていない場所に留まっていると、そんな響の方へ懸垂の要領で身を寄せた太司が、柔らかなその頬にキスをする。
「!」
驚きがクラス中に走る中、びっくりしながらも手を振り上げた響を見て不敵に笑った太司は、その笑みに不意を突かれて叩けなかった響からその身を離し、窓枠に両手でぶら下がった。
そのまま足をぶらぶらと揺さぶって反動をつけつつ横移動すると、器用に非常階段の鉄柵に体を寄せて、その踊り場に無事辿り着く。
ほー…と、太司の動きを見守っていた誰からともなく安堵のため息が漏れると、我に返った担任が着地のポーズを決めていた太司に指を突き付け、
「そこを動くなよッ!」
と叫んで教室を飛び出して行く。
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