82人が本棚に入れています
本棚に追加
/206ページ
「…っ、は、…はぁっ……っ!」
特別急ぐ必要はないのに、立花響はHRもそっちのけで教室を飛び出すと、あっという間に校内から姿を消した。
(早く、早く!)
と、胸の中で呟くたび、想う人の姿が響の脳裏で鮮明になり、はっきりして行くその姿に心が躍ると鼓動が逸り、さらに響の足を急かさせた。
「……っ」
人混みをぬって走るうちに、掴んだカバンが邪魔に思えてくる。
でもそれを何とかすることより、一秒でも早く、心が逸るほど求めている彼に会いたいという気持ちが上回っている響は、煩わしく思いながらも走り続ける。
…信号待ちをしていた誰よりも早く、横断歩道を駆け抜ける。
つい最近衣更えをしたばかりの白いワイシャツが、走る速度に合わせて風を抱いて膨らみ、夏を思わせる強い日差しに透かされて、響の華奢な体の影が浮かび上がって見えた。
──アスファルトに温められた、生温い風が体に吹きつけ、纏わりついてくるような感覚に、自然と眉間に皺が寄る。
「ふっ…、……っ」
走り続けることで上がった体温と、その生温い風を受けた響の額に、じわりと汗が滲み出す。
ちらり、と見上げたビルの脇をすり抜け、見慣れたビルへ近づく響の口元に、笑みが滲む。
…ゴールが近い。
通い慣れた道を駆け抜け、夢にまで見てしまうマンションにようやく辿り着き、エレベーターに乗ってその階を押した頃には、響の頬は上気して桃色に染まり、息は上がって肩で呼吸をするまでになっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
一人乗り込んだエレベーターの中で、荒い息継ぎを繰り返す。
懸命な息継ぎを整えないままエレベーターが目的の階につくなり飛び出し、ずっと会えることを心待ちにしていた人がいる部屋の前に立ち――浮かれきっている自分を落ち着かせるために右手を胸に置き、深呼吸を繰り返す。
(…よしっ)
乱れる呼吸と同じように震える指先でチャイムを鳴らし、その慎ましさとは裏腹に、部屋の住人がドアを解放しに現れるのを待たず、響は勝手にそのドアを開けてしまう。
「良太さん!」
通学用に指定されたスニーカーを乱暴に脱ぎ散らかしまま上がり込んだ響は、リビングへと続く廊下を走り、愛しい人の元へ向かった。
.
最初のコメントを投稿しよう!