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(…あの頃のまま、なのかもしれない)
立花家の者しか知らない過去の記憶が響の脳裏を行き過ぎるたび、この小さな胸を押し潰すような深い後悔が響を苛んでいた。
響が小さかった頃、光に対して素直に言えなかった言葉がある。
それは、『ありがとう』と『ごめんなさい』という言葉。
自分のしでかしたことを素直に言おうとすればするほど、高ぶる感情が涙に変わってしまい、どうしてもその言葉が言えなかった。
当時の光も響同様小さな子供で、それでも幼いながら弟のために命懸けで助けてくれたのに…
あの時に、自分の言葉でちゃんと感謝の気持ちを伝えられなかったがために、今でもその罪悪感を引きずって光を前にすると素直な態度を取れずにいた。
――だからなのかもしれない。
光が傍にいるだけで感じる、敗北感。
戦う前から不戦敗。 プラスして良太が光の隣に並び立てば、何をされなくとも心が白旗を上げて及び腰になってしまうのは…最早、しょうのない感情なのかも、しれない。
「…い、おいってば!」
「!」
言いようのない悔しさから涙ぐんでいた響の肩を、呼び掛ける声の主が掴み、強引に振り向かせた。
「…あ…」
響の瞳いっぱいに浮かんでいた涙を見咎めた太司は、バツの悪い顔をして足を止めた響を見た。
「ンだよ、ばか」
力無く悪態をつく響を見て、太司は
「ごめん」
と小声で謝り、響の肩から手を下ろした。
(…つーか)
ぐい、と、クラブの黄色い廊下の上で涙を乱暴に拭った響は、視線を合わせることなく太司の顔を見ると、
「あんたさぁ」
と、学校では決して見せない、いつも通りの言葉遣いで太司に話しかけた。
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