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「――響」
丁度ネクタイを緩めていた久保田良太は、自分に飛びつかんばかりの勢いで現れた響を見て目を丸くした。
「早かったな。 もう学校終わったのか?」
間近に迫った良太を見上げた響は、その言葉にパッと顔を輝かせて大きく頷いた。
「うん。良太さんのメールに、今日帰ってくるって書いてあったから…速攻で来たよ」
温かい色合いのソファーにネクタイを放り出した良太は、目を輝かせて自分を見つめてくる響に対して、白く輝く歯をほころばせて笑顔を見せた。
「たかが三日間の出張だっただろ? 三日くらい会えないことなんか今までだっていくらでもあったのに…」
大袈裟だな、という言葉をため息に変えた良太は、苦い薬を飲み込んだ時のような顔つきをする。
「何一人で舞い上がってるんだ?」
(だって)
と、言葉にして言い返しそうになった響は『子供っぽいからだっては止めろ』と何度も言われ続けていたことを思い出し、口を噤む。
「…」
言い返したいのに言い返せず、苦し紛れに頬を膨らませた響は、上目遣いで良太を睨みつけた。
「今まで良太さん、仕事で出張になんか出たことなかったじゃん、 だから、心配してて…それに」
そこまで言いながら良太を責める言葉を思いつけなかった響は、薄い唇を噛みしめ、深く俯く。
ルームライトの光を受けてきらりと光る響の、くせのない髪の輝きを見つめる良太の口元に、笑みが浮かぶ。
俯いて、尚も良太に何か言うことはないかと逡巡する響を見ながら、良太はワイシャツの首元を寛げた。
「それにっ、…メールに書いてたじゃない。 今日は良太さんのお父さんもお母さんも出掛けてて誰もいないから」
良太に言い募る言葉を見つけて饒舌になっていた響の頬にかかる影で、良太がすぐ傍まで来たのを感じて顔を上げると、それを狙いすましたように良太は響の細い顎を捉え、有無を言わさずその唇を奪った。
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