恋のはじまり

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   登校する時には時間帯の合うバスがあって家の近くまで帰れるのだが、下校時間に走るバスはほとんど響の家がある町内まで行かず、何キロも離れた停留所で降りて歩かなければならない。  だから家まで歩く距離が延びるバスよりも、近距離まで乗り物で帰れる列車で帰りたいのだが… (七時過ぎまでバス待てば、バスの定期で帰れるんだけどなぁ)  その時間帯は会社帰りのサラリーマンなども乗り込んで混む上、痴漢が出るのだ。 それも男専用の。  まだ成長過程で線の細い響は、力のない弱い子だと思われてしまうのか、夕方の混雑するバスに乗り込むとその痴漢に狙われて触られてしまい、何度も吐きそうになったという経緯があった。  いつも響の後ろに回り込ん出来て下半身といわずベタベタと触ってくるので、興奮する鼻息で相手が『男』だと分かった以外顔も分からず、避けようがないというのだから…たまったものではない。  常ならば、否応なしにバスで帰るのだが…しかしいくら嫌がっていても、歩いて家まで帰るには遠すぎることを考えれば、背に腹は代えられないだろう。  仕方がない、と思いながら壁に預けていた背中を離すと、「ぽんっ」と誰かに肩を叩かれ、弾けるように体を震わせた響は、叩かれた左の方を見た。 「帰んないの?」 (…この人)  そこに立っていたのは、あの太司だった。 「まだいたんだ」  思わず本音が響の口をついて零れると、太司はげんなりとした表情をして 「ホント、きっついなぁ」  と言って、諦めのようなため息を吐いた。 「まぁ、いいや。 帰らないの?」 「帰るよ。…帰るけど…」  お金がなくて帰れない、とは、まだ数回しか会ってない人を前にして、素直に口をついて出てこない。  親しくもない人に自分の『弱み』を見せるようで、自分が今困っていることを言うには勇気が必要な気がした。 .
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