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口づけられる瞬間、驚きで軽く唇が開き、響の心臓がドキンと一際高くなる。
そんな戸惑いに揺れる響の隙を狙い澄ました良太の舌が、響の口内に易々と侵入し、荒々しいキスを甘受することしかできないその目を眩ませた。
「……ん…っ」
… 三日ぶりの、口づけ。
ぴったりと重なり合う唇と舌先を蹂躙し、好さしか感じない激しい口づけにくらりと視界が回る。
その好さが響の体を弛緩させほとんど中身が入っていないカバンがその手から滑り落ちると、響は良太の二の腕にしがみつき、背伸びをするような体勢で恋人同士が交わすキスを愉しんだ。
「…、…なんか…」
「──ん?」
触れ合った唇が、まだ離れがたい距離にいる。
そんな距離で囁くような呟きを零した響は、優しい眼差しで問いかけてくる良太の視線から逃れるように俯き、視線を彷徨わせた。
それを見て甘く微笑んだ良太は、俯いた響の顔を覗き込むように首を傾げて見つめると、一呼吸した響は、観念したように目を伏せてから口を開らいた。
「すごく…ドキドキ、する」
「どれ?」
(あ…!)
短く問い返してきた良太に、ワイシャツの上から胸元を触られる。
ただ、それだけ。 たったそれだけのことなのに、響の体は欲望の導火線を炙られたように腰が砕け、良太の腕にきつくしがみついた。
「――良太、さん…っ」
痩身に宿った欲望をどうにかして欲しいと訴えかけるように、涙で潤んだ瞳が一心に良太を見つめてくる。
「…ッ」
その瞳が――良太の記憶の中にある面影と重なり、一瞬胸の中の奥が甘く、切なく疼いた。
…その面影の人は、良太が心の奥底に閉じ込めた記憶と、叶うことのない恋情を抱いた人だった。
決して誰にも知られてはならない、まして思う相手にさえ届けられない想い――そんな、センチメンタル薫る思い出が今目の前にいる響の姿と重なった気がした良太は、詰めていた息を静かに吐き出した。
「…」
思い出としか片付けようのない、誰にも知られる訳にも行かず胸底で燻り続けている感傷が、良太を苛ませる。
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