水面下の白鳥

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 眺めていた、ずっと。  散って舞った桜の花びらが水面に浮かんでいるのも、二人乗りのボートが進むことで池の水面が波打つのも。  恋人同士でボートに乗るとナントカという噂があるのを二人は知っているのだろうか。  青いリボンのついた麦わら帽子から艶やかに伸びる長い黒髪、きゃしゃな雰囲気を演出する白いワンピース、日焼け対策ですらおしゃれに腕を飾る黒いレースのアームカバーをしている。  彼氏の方はというと、爽やかさを感じさせる水色のワイシャツにベージュのチノパン。  長い時間見ていたように思う。  彼女は笑っているのだろうか。  ときたま、麦わら帽子が揺れていた。  彼女は幸せなのだろうか。  軽く彼の腕に触れるところを見た。  別れたこと自体は後悔していない。  どうしようもなかったと思う。  環境や仕事のせいにはしたくないけど、そういったものもやはり決別の原因にはなったと言わざるを得ないんだろう。  別れたのは一年前の今日。  たまたま通りすがった公園の池の上に彼女の姿を見つけた。  自分の姿を見られたくない、そう考え近くにあった大木の陰に隠れた。  けれど、それはあまりに自意識過剰。  彼女は目の前にいる彼氏以外は眼中にないみたいだった。  そうわかってしまうと、彼女の様子を知りたくなった。  堂々とベンチに座り、池の様子をつぶさに見ることにする。  人間っていうのはいつでもないものねだりだ、と一人苦笑した。  触れられるほど近くにあるときは気づかない、永遠に続くものだと盲目する。  視線すら簡単に届かない距離になって、初めて失ったのだと気づく。  時間にすると三十分、あるいは十五分程度だったかもしれない。  けれど、とても長く感じた。  ただ見ているだけの何も生まれたりはしない不毛な時間。  決意するには十分すぎる時間だった。  彼女を恋香(れんか)を奪おう。  もう一度自分の腕の中に。  恋香たちがボート乗り場に帰ってくるより速く、先回りしておかなければいけない。  ベンチから立ち上がると、耳を隠す髪を撫でつけ、ジーンズのベルトをしっかりと締めなおし、Tシャツのよれを直す。  身だしなみを整え終えた。  さあ、走るぞ!
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