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Hungry Spider7
終わっちまえばあっけねえ。後に残んのはケツの痛みと腰のだるさだけ。
いくら絶倫といえど体力には限界がある。哥哥は俺ん中で三回果てた。俺は六回、その倍だ。
お互いバテてて倒れ込む頃にはクソ長い夜が明け始めてた。
「アンタばけもんだよ、殺す気か」
「上司に向かってばけもんたァなんだ、遠慮しねえでこいって言ったからお望み通りにしてやったまでさ、文句言われる筋合いねえな」
「限度ってもんがあるでしょ、腰が死ぬかと思いました。てか死んだ」
「鍛え方が足りねえな」
「これ以上しごかれたら辞めます。体がもたねえ」
呉哥哥は自前の煙草をふかしていた。俺は愛飲しているモルネス。煙に乗じて鼻に抜けるメンソールの香りがザーメンのエグみを洗い流す。
ヤる前はあれこれ悩んでいたが、ヤっちまえば拍子抜け。
俺と哥哥の関係は何も変わらねえ。もとより上司と部下、ピロウトークなんてがらじゃねえか。
安物のパイプベッドに並んで寝転び、四枚羽の扇風機が旋回する天井を仰ぐ。
「女だったら腕枕サービスしてやんだけど」
「いりません」
「よかった。痺れんだよなアレ」
咥え煙草の哥哥がけらけら笑い、俺は仏頂面になる。意識してんのはこっちだけか?まだマトモに目を合わせらんねえ。面映ゆげによそ見をし、哥哥がもてあそぶスノウドームに気付いた。去年お情けで買ってもらったヤツ。
「枕元に飾ってあった」
「数少ない貰いもんですからね。大事にしますよ」
「ふーん?」
「きしょ。ニヤケねえでください」
迂闊だった、この人を連れ込むのがわかってたらベッドの下に放り込んどいたのに。
哥哥がスノウドームをひっくり返す。硝子の球体ん中が吹雪く。
「開通おめっとさん」
「祝辞どうも、派手なチン毛の人」
「やめろよその呼び名、ポリシー持って染めてんだよ」
「チン毛の色を頭とおそろいにする理由ってなんすか」
「そっちのが人生楽しい」
「理解不能な信条っスね」
肺に煙を送り込んでぼやく。
呉哥哥が上半身裸にジーパンを穿き、ベッドを離れる。
帰り支度でもするのかと眺めてたら、カセットテープを持って戻ってきた。
「黒後家蜘蛛の秘密を教えてやる」
変態んちから回収してきたブツ。息を呑んで上体を起こす俺をよそにビデオデッキにセットする。
「二十何年経って当時の事覚えてるヤツが減ったし、あの頃だって生で目の当たりにしたヤツ以外は眉唾だの作り話だの決めてかかってた」
切れ切れのノイズが流れ、妖艶な少女が像を結ぶ。
「若き日の俺様ちゃんと共演したレアもん。マニアの間じゃべらぼうな値段が付いてるらしいぜ」
「コイツを手に入れるために連れてったんすか?」
「テメェが出てるポルノでヌきに行ったとでも?」
「いや……すいません」
「追跡の参考になんだろ。高額賞金首にゃピンキリの賞金稼ぎが群がる、手札は一枚でも多く持っとけ」
画面に映し出されたタイトルは『Spider and Snake』。
「黒後家蜘蛛も蜘蛛のミュータントなんすか?」
「お前と同じく見た目じゃわかんねータイプのな。どっこい、もっとすげえウリがあったんだよ」
ベッドに腰掛けた哥哥が歌うように説明し、テレビに顎をしゃくる。毛布から這い出して凝視を注ぐ。
俺は、見た。
「コイツは正真正銘の奇形だ。しっかり目に焼き付けとけよ劉」
「……了解っす」
退屈げに呟いて紫煙を燻らす哥哥。目を逸らしたいのを我慢しテレビを見詰め、黒後家蜘蛛の特徴を頭に叩き込む。画面の中じゃ前のビデオより少しでかくなった呉哥哥が女を抱いている。派手に喘ぐ少女と自分が重なり居心地悪い。
「上は生け捕りをご所望。見せしめに嬲り殺すんだとさ」
「黒後家蜘蛛を連れてけば昇進が約束されるんスね。昔馴染みを売って、心は痛まないんすか」
「俺もアイツも同じ壺に入ってんだ、蟲毒ならどっちか食われるしかねえ」
呉哥哥は手柄を立てたい。俺はそれを手伝いたい。蟲系ミュータントが幅を利かす組織で成り上がるのはこの人の悲願だ。
「もうじゅうぶんっすよ」
「おしまいまで見てかねえの?」
「蛇と蜘蛛の食らい合いは打ち切りです」
画面の中の哥哥が上になり下になり、いずれ黒後家蜘蛛と呼ばれる少女が仰け反る。
テレビを消してカセットを取り出す。捲れたブラインドの向こうで東の空が白む。体はぐったり疲れてんのに頭は妙に冴えていて、まだやり残したことがある。
ベッドにほったらかされたスノウドームに目をやり、自分の役目を思い出す。
「アンタの用向きに同行したんだから、今度は俺の行き先に付き合ってくださいよ」
床に脱ぎ捨てたジーパンに足を通し柄シャツを羽織る。呉哥哥がきょとんとする。
「やだよ眠ィし」
「車ん中で寝りゃいいでしょ。終わったら事務所に送ります」
「え~だり~」
「口癖盗んないでください。さあさ立って」
渋る呉哥哥を押し立て退室、アパートの前に停めっぱなしの車に乗り込む。当然俺は運転席、哥哥は助手席。まだ朝5時前ときて、空が青と赤の綺麗なグラデーションを描いていた。
アクセルを踏んでダウンタウンを抜ける。居眠りでもしてるのか哥哥は静かだった。好都合だ。ボトムに下りて走り続け、目的地の塀沿いで止まる。
「着きました」
「どこに」
「哥哥が今一番会いたい人がいる所です」
助手席の男が目を開ける。琥珀のレンズ越しの双眸が胡乱げに細まり、次いで驚きと苛立ちを湛えた。俺がブレーキを踏んだのはボトムの孤児院の前だった。
「頼んでねェよ」
「知ってます」
「余計なまねしやがって」
不機嫌に舌打ちした哥哥が運転席を蹴っ飛ばす。素知らぬ顔でシカトする。まだ朝日も出てない早朝ときて、孤児院は静かだった。
「車出せよ」
「しーっ。でっかい声だすと聞こえますよ」
「わきゃねえだろ、どんだけ離れてると思ってんだ」
「なんで会ってあげないんすか。てか会わねえでどうやってプレゼント渡すんすか」
「腐れ縁に頼んでんだよ」
「あしながおじさんてサインして?蛇に足はないでしょ。なんで赤の他人の俺に直接手渡すくせに娘へのプレゼントは人任せなんすか」
「ぐだぐだぬかすな俺様ちゃんはシャイなんだよ」
「本当にシャイな人は一人称で俺様ちゃんとか言いません、そもそも自称しません」
エンジンを止めた車内で口論を繰り広げる。数分もすると東の空に朝日が上り、孤児院の方が慌ただしくなる。ガキどもが起き始めたのだ。
孤児院の周囲には高い塀が巡らしてあり、その塀の真ん中あたりに鉄格子を嵌めた丸窓がもうけられていた。
丸窓の向こうを元気よく駆け回るガキども。前にピジョンに聞いたが、ここは互助精神の育みを大事にしてるんだそうだ。
だもんで洗濯や炊事に用いる水は、子どもたちが敷地内の井戸から桶に汲んで運ぶらしい。
「ヴィク覚えてます?俺がダドリーん所で保護したガキ。アイツが言ってたんスよ、水曜朝の当番だって。シーハン……哥哥の娘とペア組んでるらしいです」
「……」
「俺の見立てじゃ確実に惚れてますね。結構な仲良しっぽいですよ。あと数年したらお義父さんて呼ばれる羽目になるんじゃないっすか」
「色恋にのぼせんのは剥けてからにしやがれ」
「ほらきた」
ハンドルに腕をおいたまんま顎をしゃくる。鉄格子を嵌めた丸窓の向こうを男の子と女の子が手を繋いで走ってく。一人はヴィク、もうひとりは
哥哥が父親の顔になった。
「黒後家蜘蛛狩りに行く前に話さなくていいんスか。後悔しません?場合によっちゃ一週間か一か月か、それ以上別の街に滞在するんですよ。今のうちに別れを惜しんどかなきゃ」
自殺行為紙一重のお節介を焼いてんのはわかってる。しかし写真を見ちまった手前ほっとけねえ。
「体は慰めてやるけど、心は娘に癒されてくださいよ」
本当はわかってた。哥哥に必要なのは俺じゃねえ、この人がぬくもりを求める相手は別にいる。
黄金色の朝焼けが東の空を染める。冷えて澄んだ空気がボトムを掃き清め、仲良く桶を持ったヴィクとシーハンが笑い合い、窓の枠外に消えていく。
呉哥哥は頬杖付いたまま身じろぎせず、娘がフレームアウトした丸窓を見詰めていた。
「約束してください」
「何を」
「黒後家蜘蛛捕まえんのに成功したら、子どもとちゃんと会って話してあげてください。アンタの判断ミスのせいであの子の母親が死んだとか、そりゃ負い目があるんでしょうよ。だから?人任せにして逃げ回ってどうすんすか、毎日寝る前に娘の写真に謝るようなおセンチながらっすか、さっさと腹括って会ってきてくださいよ。で、頭突きくらおうがビンタされようが知ったこっちゃありません」
だしぬけに身を乗り出し、哥哥のグラサンを奪い取る。見開かれた琥珀の瞳に驚きと怒りの波紋が浮かぶ。
「俺がバージン捧げた人は実の娘にケツまくる腑抜けじゃないんで悪しからず」
至近距離でメンチを切って諭す。
即座に取り返したグラサンを掛け直し、哥哥が口を尖らす。
「……好的」
「よろしい」
言質をとった。
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