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再会した彼女
振り返った先には、少女が一人立っていた。
音波だった。
俺がよく知っていて、大好きな音波が、今、目の前にいる。
俺は夢でも見ているのか。
白血病になる前の、元気な時の姿をしていた。
「ふふ、久しぶり。元気にしてた?」
間違いない。
黒髪で、少しフワッとしていて、独特な雰囲気、そして、俺を見つめるその瞳。
音波だ。
突然起きた現象に頭が追い付かない。
「えっと、うん。元気だよ。音波は、どうなんだ?」
「この通り!元気だよ!また一緒にお話しできるねー。色々出来るねー。嬉しいな。」
「色々と聞きたいことが多すぎるんだが、お前は何でここにいるんだ?」
「実は私もよく分かってないんだ。でもね、回りを見て。人がいないでしょ?私、あれからずっと1人なんだ。誰もいない。でも今、奏音に会えて凄く嬉しい。」
誰もいない場所に、1人。
それはとても寂しかったんじゃないか。
それに、誰もいない場所に俺が来たということは、音波が現れたのではなく、俺が音波のものへ移動した?
え。
俺まさか。
でも普通にピアノを弾いていただけで、そんなことは考えられない。
「じゃあ、音波から見ると、俺は突然現れたってことか?」
「そうだね。ピアノの音が聞こえて来たと思ったら何故か奏音がいるんだもん。ビックリしちゃったよ。」
ビックリしてるのは俺もだ。
一体どうなってるんだ。
これは、水族館の、夢が見れる世界に誘われたのか?
とりあえず、俺が音波のいる世界に移動してきたと見て良いだろう。
その場合、俺はもう元の世界には戻れないのだろうか。
不安もあったが、今はどうしようもない。
彼女は俺との再会にとても喜んでいた。
「また会えて嬉しい。」
「俺もだ。」
「ねぇ、手、繋ご?」
音波が手を差し出してきた。
少し怖かった。
いなくなったはずの音波ともう一度手を繋ぐことなんて、出来るのか。
「あはは。怖い?私も怖いよ。でもやってみようよ。」
恐る恐る、彼女の手を取る。
その手は、暖かかった。
「手、繋げたね。」
音波がニコッと笑った。
俺は手を繋げたことと、音波の手が暖かかったことに少し安心したが、俺は改めて元の世界に戻れるのかと心配した。
俺は音波と、もう一度水族館を見て回った。
回りながらお互い気になっていたことを話した。
「ねぇ奏音。ピアノ、いつ練習したの?私がいなくなってから?」
「うん。バンドのみんなでやる予定だった俺の曲を聞かせてやれなかったから、せめて一人ででも弾ききりたくて、練習した。」
「そっか。ありがとう、私のために。実はね、今の曲、少し聞き覚えがあるんだ。なんとなくなんだけどね。あはは。」
この曲を一度聞いた?
「やっぱり、聞こえてたのか。」
「うん。私が最後みんなとお別れする時、意識がほんの少し戻ったみたいなのか、その時、お父さんとお母さんの声と一緒に、その曲が聞こえた。」
集中治療室に運ばれた彼女に、俺が送った曲のビデオを、音波の母が流してくれていた。
音波の母は俺に、音波の口から、ありがとういう声がかすかに聞こえたと言っていた。
俺の曲は音波に届いてたんだな。
そう思うと、心が少し和らいだ。
「そういえば、サークルの人たちは?」
「ああ、元気にやってるよ。みんなここ1年でかなり上達した。まぁ、最初はお前がいなくて全くリズムも取れなくなってボロボロだったけどな。」
「やっぱり私の活躍は凄かったんだね!」
「そうだ。音波は凄かったよ。」
「そ、そう。そんなに誉められると、照れちゃうな。あはは。」
誉めると照れるところも、可愛くて、音波らしい。
そのはにかんだ君の笑顔が、俺はたまらなく好きなんだ。
俺はまだ、お前とギターを一緒に弾きたかったよ。
心がズキンとした。
この時、俺は何故か彼女と手を取り合えているのにも関わらず、そのうち元の世界に戻るような気がした。
同じ空間で触れ合えているのに、別々の場所にいるような、そんな感じだった。
「それにしても、ここ以外も人はいないのか?」
「そうだよ。ここも外も、どこへ行っても、誰もいない。」
「そんな世界で、ずっと1人だったのか。」
音波が俺に抱きついた。
「私、寂しかった。でも、奏音に会えた。」
彼女の温もりに、俺は懐かしさを感じた。
俺は、そっと音波を抱き締めた。
彼女と触れ合う度に、俺の中で止まっていた時が、少しずつ動き出したような、そんな気がしたんだ。
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