24人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
2度目の告白
それから3ヶ月が経った。
俺は今日も病院に来ていた。
「今日も来たね。」
音波は一人部屋に移され、長時間歩くことすらもままならなくなった。
入院して、病院に通い続けている中で喧嘩もした。
もう来ないでと言われたりもしたが、本当は、日に日に弱っていく彼女が気を遣われたくないから、そういうことを言ってるのだということは、分かっていた。
この3ヶ月で、本当に音波なのかと思うくらいに、彼女は痩せ細っていった。
正直音波に会うのが、辛くて仕方がなかった。
会うたびに音波が音波じゃなくなっていく。
音波がいなくなってしまったらと思うと、とても怖かった。
「どうしたの、そんな顔して。ほら、こっち来なよ。」
彼女が俺を抱き締めてくれた。
嬉しい気持ちと共に、痩せ細ったその体からは不安と寂しさを感じた。
早く退院して一緒にライブをしたい。
そんな時、音波が言った。
「私、水族館に行きたい。」
俺は答えた。
「俺も同じこと思ってた。行こう。」
そこは、俺達が初めてデートをした場所。
幻想的な空間が広がり、たくさんの種類のクラゲを見ることが出来る、クラゲの水族館。
俺達が、ここを初めてのデート場所に選んだのには理由があった。
それは、水族館にまつわる不思議な話があったからだ。
以前、彼女がこんなことを言っていた。
「ねぇ、奏音。水族館ってね、見に来た人を夢に誘うんだって。水槽を見てると、いつの間にか夢に引き込まれて、懐かしい景色とか思い出に出会えるみたい。だからさ、そんな場所に思い出を作りに行こうよ。もう一度、夢を見れるように。」
その水族館で、彼女はまた思い出を作りをしたいようだ。
そしてそれは、俺もまた、同じ思い。
話していくと、初めてデートをしたその水族館で、また告白して欲しいとのことだった。
「外出出来るかどうか、お医者さんに相談するよ。いつ行くかは、決まってるな。」
「うん。来週の日曜日。私たちが初めてデートした日。」
そうだな。
そうしよう。
そして、日曜日。
俺達は水族館へやって来た。
2人で一緒に出掛けるということで、医者から2日間の外出許可が下りた。
俺は車椅子の音波を押して、館内を一緒に回った。
「わぁ、このクラゲ、綺麗。真っ白で、ふわふわしてて可愛い。」
音波が、水槽を見て目を光らせていた。
そこには、真っ暗な水槽の中で一匹さ迷うクラゲがいた。
「ユウレイクラゲって言うらしい。」
「へぇ、そうなんだ。前回来たときはいなかったよね。新しく来たのかな?」
いつまでも見ていられるような、どことない動き。
音のない空間をひたすら、頭を動かして進み続ける。
それに波打つように、触手がゆらゆらと揺れる。
そんな一匹さ迷っているクラゲを見て、俺は親近感を感じた。
何故だろう。
ああ、そうか。
俺達2人が離ればなれになった時、きっとこのクラゲのように、お互いあてもなくさ迷ってしまうんだなと思ってしまったんだ。
彼女が俺の方を振り返る。
「奏音?どうした?」
「ううん、何でもない。他の展示も見よう。」
「そうだね。あ、あっちの展示見たいな。」
一通り館内を回り、最後の大展示の部屋にやって来た。
数えきれないほどのクラゲたちが泳ぐ大水槽。
そして、暗闇の中で輝く、青い景色の前に置かれたグランドピアノ。
「やっぱりここは迫力あるな。」
目の前の大きな水槽を眺めていると、音波が振り返った。
「ねぇ、奏音。」
彼女が俺を見つめている。
俺には分かっていた。
そう。
1年前の今日、俺はここで彼女に告白をした。
俺と音波との、始まりの場所だ。
音波が車椅子からゆっくりと立ち上がる。
大水槽の前で、二人で向き合った。
そして。
俺は、彼女に2度目の告白をした。
そして、キスを交わした。
キスが終わって、音波が笑顔で俺に言った。
「ありがとう。」
この時の彼女の笑顔は、今でも忘れない。
最初のコメントを投稿しよう!