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キッチンから母さんがトレイに茶碗を乗せて、
「ほら。できてるわよ。理も顔洗ったの?あなたも仕事行くんでしょ?」
と微笑んで言うと、親父はあくびをしながら洗面台に顔を洗いにいった。母さんは俺の前に白飯、鮭の塩焼きに大根おろしを添えて、味噌汁を並べた。小鉢にはいろんなキノコの甘辛煮。
「緊張してる?大地」
「別に」
「またまたぁ。大地は私に似て、よく、緊張する子だったのに?」
母さんは、無邪気にそう言って微笑んでいる。
「いつの話、してんの?もう大人」
俺はそう言って、右手に箸、味噌汁茶碗を左手で持って口元へと運ぶ。
「彼女、一人も、いないのに?」
「ウッ……」
俺は味噌汁を飲もうとしてたのに、動きを止めた。
「そ、そこは関係ない。彼女なんていらねぇよ」
「ふぅん。やめてよぉ。誰かさんみたいに拗らせるのは」
「誰かさん、て、…誰だよ」
知ってるけど、一応言う。母さんは、「えへへ」と相変わらず若い女の子みたいに、肩をすくめて笑っている。幾つになっても……。
「幾つになっても、可愛いじゃん」
ん?
キッチンに戻った母さんの後ろから、オヤジが抱きついている。
何年、このやりとりを見たことか……。
「ほら、早く食べちゃってよ。二人とも」
「んー。もう少し嗅がせて」
「馬鹿なこと言ってない、でっっ!」
母さんは、肘で思い切り親父のお腹を打つ。
「ガフっ」
毎回エルボーされるのを分かっててやってるからなぁ、あの人は…。
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