1日目09時00分 ゾディアック

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

1日目09時00分 ゾディアック

「これから皆さんには、潜水艦『あけぼの』号で一泊二日してもらいまーす!」 「「「はーい!」」」  司会の声に元気な返事が返る。みんな校外学習のように大きなカバンを持って席に座っている。バスガイドのようにマイクを持ってノリノリで話しているローカルテレビの女子アナが言ったように、これから潜水艦の中で一泊二日するのだ。  『トワイライト・プロジェクト』と名づけられた海洋開発計画。その計画のイベントの一つが今回の『夏休み小学生わくわくサブマリン体験教室』だ。なんのひねりもない名前からわかるとおり、夏休みの小学生が潜水艦に乗ってみる、というイベントである。ただ、これから乗る潜水艦は普通の潜水艦ではなかった。 「潜水艦『あけぼの』号は、世界初・世界最大・世界最新の潜水艦です!」 (世界初なら世界最新ってあたりまえじゃね?) 「『あけぼの』号は宇宙ステーションのように長期滞在できる海中ステーションとして作られました。最新のテクノロジーで、船のことは全部AIで管理! したり。艦内で食べものを作ったりもできる! ということらしいです。」 (貴重な体験だ、パパの顔に泥を塗らないようにしっかりしないと。) (あーケツ痛え。これ金属探知機突破できんだろうな?) 「えーっと、お姉さんも潜水艦乗るのは初めてなので! すごく緊張しています。今回はここにいる五十人の皆さんと、楽しい思い出を作っていけるように、ガンバりたいと思います!」 (海は怖くない……海は怖くない……大丈夫だ、深呼吸しよう……) (忘れ物無いよね? ハンカチ持ったしティッシュ持ったし……あ、トイレ行き忘れた!) (話長い。) 「……それでは! 短い間ですが、よろしくお願いします!」 「「「お願いしまーす!」」」 (よし、今回のロケも頑張らなきゃ!) (今回のイベントには大手のメディアやプロダクションの人間も来てる、絶対に結果を残してみせるわ……!) (なんか周りの女子ピリピリしてますね……そういえばあの二人どっかで見た気がするな。) (船酔いしないといいんだが。) (イイとこの坊っちゃん嬢ちゃんばっかだな。俺みたいな不良はほとんどいねえ。) 「えーっと、それでは! バスに乗って、港の方に、移動してですね! 潜水艦に乗り込みたいと! 思います。ここからそこまでの席の方は、私と一緒に、Aってシールが貼ってあるバスに、そこからあそこが、B! ここからここまでがC! あそこから……はい最後尾の、そこですね、D! それぞれバスに乗ろうと、思います。ではまずこの列とこの列のここまでの皆さん! 一緒に行きましょう!」 「「「はーい!(お、Aか。なんか縁起良さそうだな。)(いよいよだ、しっかりしないと。)(これ絶対痔になってるよ。)(人という字を三回書いて飲み込む、人という字を三回書いて飲み込む……)(どうしよう、トイレ行きたいって言ったほうがいいかな……)(うどん食べたい。)(マネージャーさんはBのバスみたい、別れちゃったな。)(プロダクションの人間はB班ね、まあいい、始まったばかりよ、チャンスはある。)(やっべアニメの録画予約忘れた!)(潜水艦で船酔いするものなのだろうか。)(ナメらんねえようにしないとな、よし! 気合い入れて行くか!)」」」  元気な返事を揃ってしながらも五十人が内心で考えていることはバラバラだ。なぜそんなことがわかるかって? それは、この『純情で可憐でカワイイローズマリー』が吸血鬼だからだ。  おっと、自己紹介が遅れたね。私の名前はローズマリー・キノモト・アルカルド。偉大なる吸血王ヴラドの末裔で最も若く、可憐で、流麗な、まさしく吸血姫と呼ぶに相応しい才女、と呼ぶ声高いが、私は謙虚なので、みんなには気さくに『純情で可憐でカワイイローズマリーさん』とでも呼んでほしい。もちろんこの物語の主人公さ。あれ、女の子が物語の主人公の時はヒロインって言うんだっかな? どっちだったかな。ちょっとわかんないな。どっちでもいいか。この物語は、この『純情で可憐でカワイイローズマリー』が、ついに成人の儀を執り行う一部始終を描いたものだ。  成人の儀というものを知らない下等で愚かな人間もいないとは思うが物語の冒頭なのであえて言っておくと、成人の儀とは私達吸血鬼が十歳になったときに行う魔術儀式のことで、一定の範囲と時間内に同年代の下等で愚かな人間五十人の血を吸うことで吸血鬼から吸血貴へのクラスチェンジが認められる。この『純情で可憐でカワイイローズマリー』はこのためにこの船に乗ることになったのだ。いや、本当はこんな太陽の出ている時間にわざわざ歩きたくはないのだがね、日焼けするから。まあ日焼けするだけで別に雑魚吸血鬼のように太陽光を浴びて消滅することはないのだが、肌が赤くなるのが嫌なんだ。だから本音を言うなら昼に外に出るというだけでこの儀式は嫌なのだが、そうも言ってられない事情があってね。おっと、これは話していいんだかっな? まあいいか。  この成人の儀を行うと、この『純情で可憐でカワイイローズマリー』の吸血鬼としての能力が今を一とすると十、つまり単純計算で百倍になる。それを恐れて、エクソシストやクルセイダーや封鬼忍といった下等で愚かな人間の魔術師共が妨害に来るのだ。別にそんなものは十人いようが百人いようがどうってことないのだが、面倒くさいのだ。人間で言うと、同じ数の蚊に襲われるのを想像してほしい。一匹いようが千匹いようが命にかかわらなくても、一匹だけでも邪魔なことに変わりはない。そこでこの『純情で可憐でカワイイローズマリー』は考えた。絶対にそういった鬱陶しい連中が来ずに、かつ五十人の子供の血が吸える場所があるはずだと。そして見つけた! それがこの潜水艦『あけぼの』! 海の中なら誰も入ってこれないし誰も出られない! 羊の檻に侵入した狼の如くこの『純情で可憐でカワイイローズマリー』がブラッドパーティーを開いてくれる! おっと、天才などと言わないでくれよ。この程度この『純情で可憐でカワイイローズマリー』には血を吸うように当たり前のことだ。  む、移動が始まったか。女子アナに先導されてみんなずらずらとバスに向けて歩いていく。フフフ、これから全員この『純情で可憐でカワイイローズマリー』に食い殺されるとも知らずに、遠足にでも来たような気分でいる下等で愚かな人間が多いなあ。さて、バスに乗り込むと「オリエンテーションをやります! まずは自己紹介から!」と言って女子アナが名札を配った。どういうわけかこのイベントではみんな『クルーネーム』なるあだ名で呼び合うことになっていた。 (あー、このノリあれだ。去年の教育実習で来た先生がやってた変な教育マニュアルのあれだ。他のクラスはみんな普通っぽかったのにうちのクラスだけジョーカー引いたぜ――) 「じゃあまずは……君から! クルーネームも一緒にね!」 (――って、俺からかよ! またジョーカーだわ。つーかこの人いちいちテンション高え!)  お前も内心テンション高いな。見かけはちょっと不良っぽいイケメンなのに。 「えー……あだ名は……」 「クルーネームね。」 (めんどくせえ……) 「……クルーネームは、『ジャイアン』です。あー、巨人ファンで、少年野球やってるんで、クラスでジャイアンって呼ばれてます。えっと、よろしくお願いします。」 「はい拍手!」  走り出したバスの中で女子アナがハンディカメラを回しながら言った。このイベントはドキュメンタリー番組になることになっているのだ。まあそれが放送されることはないだろうがね。 「次は自分ですね。自分のクルーネームは、『あきつ』です。今回は大変貴重な経験ができることを心より嬉しく思います。皆さん二日間よろしくお願いいたします。」 「『サクラ』です。よろしくね。」  次に挨拶したのは、髪を短く刈った少年と長い黒髪のこの『純情で可憐でカワイイローズマリー』ほどではないがそこそこの美少女だ。 「クルーネーム、ですか……えー……その……」 「あ、思い出した! あんた若だんなだろ!」 「若だんな、ってあの? 最近バズった小学生料理人の?」 (そういやこのバスに乗ってる奴、何人かテレビで見たことあんな。)  ふむ、確か……思い出せないな。誰だっけコイツ。絶対見たことあるんだけどな。なんかあの、被災地のドキュメンタリーとかそういうのに出てた気がするな。 「……はい、実は、そうです。バレますよね、アハハ……あ、自己紹介でしたね、えっと、じゃあ、『若だんな』で……」  そう言って和服の少年は恥ずかしげに頭を下げた。 「『イチゴ』って呼んでね。パティシエール見習いなんだ。今日の夕飯はアタシとか『若だんな』くんとか、料理が得意な子が作ることになってるんだ。アタシはデザート担当で、あ、今日のデザートは――」  明るい髪色をして苺の髪飾りをつけた少女はペラペラと話した。 「『チョコ』。」  帽子を深く被った目つきの悪い少女はそれだけ言って黙った。 「あなたの心に輝く一番星! 歌とダンスで魂震わせます! 小学生ユーチューバーアイドル『STARS』の、『佐藤衝子』です!」 「ユーチューバーの『小鳥遊フォルト』です。普段は歌ってみたを上げたりしてます。」 (なんでユーチューバー二人もいるんだろう。) (あ、どっかで見たことあると思ったらそれかあ。) (カワイイ子ばっかだなあ……)  メイド服とブレザーをまぜたようなコスチュームをした少女と、パステルカラーのワンピースのこの『純情で可憐でカワイイローズマリー』ほどではないがそこそこの美少女はそれぞれカメラに向けて挨拶した。 「身長は153センチ、体重は59キロです。」 「聞いてねえよ名前言え名前。」 「じゃあ『あいうえお』で。」 「お前ゲームで適当な名前つけるタイプだな。」  ガタイの良い少年は適当なことを言った。 (アイツもなんか見たことあるな、でも思い出せねえ。) (テレビで見たことある……気がする。) 「『ヴァイス』でお願いします。」  眼鏡をかけた神経質そうな少年は周りからの視線を無視して簡潔に済ませた。 「……」 「おい、なんとか言えよ。」  あ、この『純情で可憐でカワイイローズマリー』の番か。  さて、なんと名乗ったものかなあ……吸血鬼の真名を名乗るのは一族の掟に反するし……うーん……  うーん……  ……うーん…………  ちょっと待って、これ結構難しいな。なんかカワイイ名前にしたいけどでも自分で言うの恥ずかしいし、サクラとかイチゴとかチョコとかって無難なのは没個性的で嫌だし、うーん……  …………うーん…………………… 「しょーがねぇなぁ、じゃお前『ゾディアック』な。」 「無駄にカッコイイな!」  か、勝手に決められた……! 「最後が俺か。つっても思いつかねえな、おい『ジャイアン』、なんか俺にも良いのあるか?」 「『モルゲッソヨ』とかどうだ?」 「よし、殺す。」 「なんでだよ。」 「『かきくけこ』は?」 「お前と被ってんじゃねえな。しゃあねえ、『Z』って呼んでくれ。」 「ダサ。」 「だっさ。」 「……」 「ちょ、シートベルト外すなって、助けてぇ! 死にたくない!」 「あはは、みんなもう仲良くなったね!」 (止めねえのかよこの女子アナ! てか痛ぇ!) 「痛い痛い痛い痛い耳ちぎれる! あ~ウンチ出る! ウンチ出そうウンチ出そう!」  頭に剃り込みの入った少年は『ジャイアン』と『あいうえお』の耳たぶをつねりあげた。ふん、変なあだ名をつけた報いだ。  さて、この『純情で可憐でカワイイローズマリー』を含めた合わせて十二人の小学生からなるAグループ。彼らを乗せたバスは自己紹介が終わる頃には港に到着する。そして五十人の小学生と十人の大人、合わせて六十人が『あけぼの』に乗り込み潜水が開始したのは、それから少しした正午きっかりのことであった。ここからが、本番だ。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!