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歓迎されざる客
僕はマリア先生を玄関口のほうへ案内しようとした。もっとも先生は僕の家を覚えているようで、さっさと先に立って進んでいく。宿屋らしい木造りの横長の看板。去年父さんが新調したばかりだから、まだきれいだ。赤と緑の縁どりに、筆圧をわざと残すようにして『The scattered light(散りばめられた光)』とのオレンジの文字が書かれている。
先生は玄関口に入る前に、左手の木立の向こうをのぞき込んだ。
先生は、ちゃんと知っている。ここに、この宿の売りである、田舎には似つかわしくないしゃれたパティオ(中庭)がしつらえられていることを。
古い板打ちの床、同系色の小さなテーブルとベンチが素朴な風合いを作り、処々に小さくても色鮮やかな花をたくさん咲かせる草花や灌木があしらわれている。パティオの横にはせせらぎがあり、木立の下でこの音に耳を澄ますと自然に風を感じるようになってくる。
先生は木立の茂みの下を――麦わら帽子の端を軽くつかんで――くぐり抜け、長いスカートの裾を上げて床の上に乗った。そして大きく一つ呼吸をしたのが、後ろから見てもよくわかった。そして麦わら帽子を無意識のようにとると、「こんなに小さかったの」とつぶやいた。先生のつややかな髪が木漏れ日でまだらに輝いている。
せせらぎに近いつるバラのピンクに唇を寄せると、そっと口づけした。見ている僕の方が、バラの匂いをかいだような気分になった。
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