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「オリバー、帰ったの? ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど」
母のハスキーな声が奥から聞こえた。僕は反射的にマリア先生を見た。先生は微笑んでいる。
「はーい」
いつになく素直な返事をして、僕はマリア先生の先に立って小走りになった。
厨房の扉を開けた僕を振り返った母は、すぐに視線を上げてマリア先生を見た。
「いらしてたの。ちょっとリビングでお待ちいただける?」
母の抑揚のない声に、マリア先生は怯むことなくその場を離れようとしない。
「オリバー、その油の缶をとって欲しいの。ほら、母さん、この間腰やられたでしょ」
僕がすぐに言われたことを理解して油の入った大きな四角い缶に手を伸ばすと、僕のがさついた手に、白く細い指、でも案外大きな手が重なった。
「オリバーも力持ちだけど、私も力持ちなのよ」
先生は笑いながらそう言って、二人でその缶を持ちあげた。
「おばさま、これはどこにおけばいいかしら?」
マリア先生が言うと、母は表情も変えずに調理台の端を指さした。
先生は何も気にしたようすもなく、背が低くて苦労している僕を見ながら、油缶を調理台に乗せた。
「おばさま、他に何か手伝うことは」
「そんな都会のおしゃれをした人に頼むことはないね。いいからリビングで休んでなさい。オリバー、お茶─あの出来立てのミントティーがいいかもね」
言い方はつれないが、母なりに気は使っているような気がした。僕は少しほっとした。
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