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「今日はお客さまは何人くらい?」
マリアが尋ねるので、僕は口ごもった。
「うーん、多分、先生しかいないよ。あと夜遅く飛び込みでくる酔っ払いさんとか」
マリアは眉を寄せる。
「最近はずっとそうなの?」
「うん。ほら、山向こうに立派なリゾート地ができちゃったじゃない。で、母さんも、もともと少ない客がもっと少なくなった、ってこぼしてたよ」
何もない田舎町では、そもそも宿屋を営むのは難しい。それでも、大きな街から街への中継地点で、一泊を望む旅行者の需要を当て込んで始めたのがこの宿屋、『The scattered light(散りばめられた光)』。どうせやるなら、思い出に残ってまた寄っていきたいとお客さんに思っていただける宿にしましょう、との母さんの提案で、田舎町には似合わない、こぎれいでさっぱりしたつくりになっている。食べ物も、地元の美味しい農産物を仕入れている。
ちなみに父さんは役所に働きに行っているから、実質宿屋を仕切っているのは母さんだった。
家が宿屋のせいで、僕は他の街の宿屋とか、ホテルとかいうものがどんなものなのかよく知らない。泊ったことがないから。
クラスのお金持ちのマイクは、都市の大きなホテルに泊まったと皆に自慢していて、夜景がきれいだったしお料理もコースで食べたと言っていた。僕の家とは縁もゆかりもなさそうだった。
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