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マリア先生が普段着に着替え、髪を後ろでしばり、まっさらなエプロンをかけて厨房に現れた。ちょうどそのとき母は晩御飯用のスープを火から下ろそうとしているところだった。先生は慌てて腕を伸ばす。
「いいよ、下手に手を出されたらかえってやりづらいからね」
母は鍋の取っ手を厚手の鍋つかみで握ったまま、マリア先生の横を通って、調理台の上にのせた。先生はとまどいもせず見守っている。わずかに舌をだしたようにもみえる。すでに調理台の上にはお客様用の食事が並んでいた。地元産の野菜やお肉をふんだんに使った母の自慢料理だ。
「あれ?」
僕は気がつく。
「今日ってお泊りのお客さん、いたっけ?」
「この先生がいるでしょう」
母が無表情に答えた。なんだ、このごちそうは先生のためのものなんだ。母がマリア先生をまったく歓迎していないように見えていたから、僕はほっとした。
「お客様だからね、お代をいただくわけだし」
「ええ、そうね」
先生も澄まして答えた。
すぐに役所勤めの父が帰り、マリア先生に軽く会釈をして食堂に入った。
四人で食卓を囲む。父は上目遣いにマリア先生を見ているが、一見何も気にしていないふうを装っていた。
そこでもう一つ、気がつく。お客さんなら、たとえ一人でも、宿の家族と一緒に食卓を囲むことはあるだろうか。遠い親戚だと聞かされていたけれど、思っていたより近しい関係なのかもしれない。
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