避けたい出会い

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避けたい出会い

 ロンダルド家で働き始めて半年が過ぎた。  私は今のところ何とか仕事をこなしており、相変わらず勝手に私の存在を忘れて勝手なことをやらかしては固まる甘党のレオン様とも、休みの日に様々な店のお菓子を土産に買って帰る、というついで仕事のお陰で円滑な関係を築けている、と思う。 (今日はカフェで販売を始めたというマドレーヌがいいかしらね)  友人からの情報を頼りに、実家へ戻った帰り道、私は少し離れたカフェまで足を運んでいた。レモンがいいアクセントになっていてあっさり食べられるという。友人曰く「女性を太らせようとする悪魔のお菓子」だそうだ。  レオン様は領地の仕事で外を飛び回っていることも多いし元から太りにくい体質だそうで、引き出しの中の恐ろしい量のお菓子を平らげようと、生菓子を四つも五つも食べていても、顔に吹き出物も出来ないし太りもしない。むしろストレス解消が出来るためか、お肌もつるっつるで髪もサラサラ。以前よりも眉間にシワを寄せることも減り、私とも以前よりも会話をするようになったほどである。女性から見ると、何とも羨ましい体質である。 「……確かこの辺じゃなかったかしら……」  普段余り出歩いてなかったところなので、今一つ勝手が分からない。メモした友人が教えてくれた店までのルートを眺め、キョロキョロと辺りを見回していると、少し前方の方に可愛い木の看板が掛かったお店が見えた。 (あ、あそこねきっと)  私はホッと一安心してそのまま店へ向かって歩き出したが、店から出て来たカップルを見て、そのまま素早く横の路地へ身を隠した。 (ギルモアだわ……)  何やら楽しそうに女性と腕を組み、親し気に話をしながら店を離れていく二人の背中を眺め、私は気持ちが沈むのを感じていた。  女性の方は、以前断り切れなかったパーティーに出席した際に会ったことがある。スタンレー伯爵家の令嬢モニカだ。赤毛も鮮やかな、化粧映えする目鼻立ちの派手な美人である。  個人的にはきつい物言いをするし、周囲の女性の中で自分が一番美人で奉仕されて当然だと思っているような傲慢な振る舞いが目立つ、とても苦手なタイプだったので、お茶の誘いなどをずっと理由をつけて遠慮していたら誘われなくなった。助かったと思った記憶がある。 (でも確かに華やかな美人だものねえ彼女……家柄も問題ないし)  姿が見えなくなるまで確認し、その後カフェでマドレーヌを買うと、ロンダルド家へ戻る前に公園のベンチに腰を下ろした。  ギルモアも容姿は良い方だし、爽やかな好青年だ。誰にでも優しく接しているし、人柄自体は悪くないと思う。単に私が女性として見られなかっただけのことである。  ギルモアのことはとっくに吹っ切ったつもりだったのだが、やはりどこかでこれまでの長い付き合いを無意識に信じていたのかも知れない。  あんなことがあって、改めて幼馴染みだった私を女性として見てくれたりするという未来を捨ててはなかったんだな、と自分を笑いたくなった。  決して彼が悪い訳ではない。勝手に片思いして、勝手に妙な期待を抱いていたのは私なのだから。  でも、やはり彼は自分とは違う、華やかさを持つ存在感のある女性が良いのだな、と再認識させられるのは辛いものだ。  同じ女性でも、思い通りになる人生を送れる人と、何もかもが上手く行かない人がいるのは当然だろう。ただ自分が後者であるとはっきり認めたくはない気持ちだってあるのだ。  ぼんやりと公園の噴水を眺めながら、行き場のない思いを空に放り捨ててしまいたい、と目を伏せた。  しばらく座ったまま今度は地面を見ていたが、いつまで自分を哀れに思いたいのパトリシア、と心の中で叱咤した。  顔を上げると頬をぱんぱん、と叩く。 「──私は仕事人間として生きて行くと決めたのよ」  いつまでもウジウジしてたって仕方ない。家族や仕事、今この手にあるものをこぼさなければそれでいいのだ。  椅子から立ち上がると、ロンダルド家へ向かって早足で歩き出した。 「──パトリシア、何だか元気がないが」 「え? そうでしょうか? いつも通りでございます」  いつものように夕食後にマドレーヌを届けに行った際に、レオン様が訝しげな顔をした。 「まあ今夜はお茶だけでもいいから付き合ってくれないか」  すぐ帰ろうと察したのかレオン様にそう言われ、断ることも出来ずに書斎に入る。ソファーに座り、レオン様が淹れて下さる紅茶の良い香りに心がほぐれていくのを感じる。彼は私に買い物を頼んでいるのだからと、夜の密かなお菓子タイムには、決してお茶淹れをさせて頂けない。 「──それでどうしたんだ?」 「え?」  紅茶をありがたく頂いていると、マドレーヌの包装を剥がして私に一つ手渡し、私の目を見た。 「私だってパトリシアの人となりはある程度把握出来ているよ。そんな憂いのある表情をされたら誰だってそのまま返せないだろう。それに、話すことで心の重荷が減ることだってある」 「……まだまだマルタ様のようには行きませんね」  私は苦笑した。私ったらまだ引きずってるのが隠せてなかったのね。 「──あの、少々バカバカしい話で恐縮なのですが、聞いて頂けますか?」 「聞くために引き留めたんだからね」  相変わらず女性より華やかな美貌から流れる穏やかな声に、私はあの日のことから全て打ち明けることにした。  
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