レオン様が危ない

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レオン様が危ない

 未だにしょっちゅう私の存在を見失ってやらかしているレオン様が、一番私の存在を肯定してくれたことは、私の中で「こんな私でも必要とされている」という自信にも繋がっていた。 (レオン様のお力になれるよう、また美味しいお菓子を売っているところをリサーチせねば……)  そう思っていたのだが、最近の大雨の影響で領地内にある古い橋が崩落したらしく、新たに工事の業者を雇ったり、直接現場で指揮をしたりせねばならない関係で、レオン様がかなり忙しくなった。  現在のところ、二、三日に一度戻ってくれば良い方で、それも夜遅く帰宅し翌日にはまた朝食を摂ったらすぐに外出されるので殆ど顔も合わせない。  このロンダルド家は大きくて立派ではあるのだが、歴史のある建物、つまりは老朽化が進んでいたりするので、雨漏り被害や崩れた壁の補修など多くの業者が出入りするようになった。少々町の中心部から離れているため、移動で時間を取られないよう、皆泊まり込みで作業することになる。  そのため出張して来ている現場の皆さんの食事やゲストルームの清掃など、私たちメイドの仕事量が一気に増えた。  マルタには、 「申し訳ないが、レオン様の方の部屋の仕事が終わったら、少しこちらの方も手伝って貰えないか」  とちっとも申し訳ないとは思ってない表情で言われたが、残業ということで手当ては出すと聞いて「喜んで!」と笑顔で力強く彼女の手を握った。  ……が、休日返上が二回立て続けに起きたことで、当然ながら実家に戻れない私はお菓子も買って来られない。  レオン様の大切なお菓子ストックも底をついたようで、数日前辺りから眉間のシワが増え、不機嫌そうな顔をしていることが多くなってしまった。業者への対応も少し厳しい物言いになったりもしている。 (これはいけない、何とかせねば……)  そう焦るものの、町に出るまでは乗り合い馬車を使っても片道一時間はかかるし、出ようにもそもそも休みがない。皆も休みを返上して働いているのに、私だけ休みが欲しいとはとても言えない。  困ったな……と思いながら掃除用具の片づけをしていて、ふと「買えないなら作ったらいいのでは?」ということに気がついた。  コック長のホッジスは普段からメイドたちに優しく、自分の仕事の手が空いた時にはたまにお菓子を焼いてくれて、休憩中に食べなと渡してくれたりする。メイドたちからもとても評判がいい。  私のことも「いつも黙々と働く勤勉なメイド」として気に入ってくれているようだし、仕事が増えて疲れの溜まっているメイド仲間に、私がクッキーでも焼いて少しでも疲れを癒やして欲しいのだ、とか言えば厨房の隅っこを少し貸してくれるのではないか。  まあメインの目的はレオン様の備蓄増やしなのだが。  案の定、ホッジスにお願いすると、 「ああ、うちらも作る食事が増えたから忙しくて目が回りそうだし、お前さんたちもそりゃ疲れるよなあ。すまんな、俺も差し入れ作る時間もなかなか取れなくて。奥のオーブンは空いてるからいくらでも使いな。……それにしてもパトリシアは貴族なのに厨房仕事も出来るのか。偉いなあ」  と感心しつつ快諾してくれた。  私の家は人を雇い入れる余裕がない分、貴族の末席ではあるが家族が一通りのこと、炊事洗濯、料理をこなせる。  弟のルーファスですら簡単な調理なら手際よく作れる。だが食事の支度やお菓子作りなどは、忙しい両親の代わりに主に私が引き受けていたので、大抵のお菓子は作れるのだ。これも貧乏貴族の利点であろうか。  私はお礼を言い、早速クッキーの製作に取り掛かった。  先日のレモン風味のマドレーヌがかなり気に入っていたようなので、蜂蜜漬けのレモンの皮を刻んで入れたクッキーと、コーヒーを混ぜた大人テイストのクッキーに、ナッツを砕いて混ぜたクッキーと三種を大量に焼いた。  何しろ大人数のメイドがいるので、大量に作っても疑問は抱かれず、ここにレオン様の分をこそっと抜いたところでバレはしなかった。  メイドの休憩室にクッキーを運ぶと、声を上げて喜ばれた。  エマリアやジョアンナも、 「……久しぶりの甘味だわあ……」 「美味しい……疲れが取れる……」  と疲れが浮かんだ顔で抱き着かれた。皆も少しは疲れが取れるといいが。  夕食後、今日は在宅しているレオン様の書斎をノックする。屋敷に居ても最近は夜遅くまで仕事をしていることが多い。 「レオン様、パトリシアでございます」 「──ああ、お入り」  私が静かに扉を開けて入ると、こめかみを揉みながら書類を読んでいたレオン様が顔を上げた。 「やあパトリシア、今夜はどうしたんだい?」 「あのう、実はお口に合うか分かりませんが、クッキーを焼きまして。最近お疲れのようなのでよろしけ──」  全部言い終える前に、がばりと椅子から立ち上がったレオン様が私の方に早足で近づいて来た。 「助かった。頼むから今すぐくれ」  かなり限界が近かったようで、私が紙袋を手渡すと、破らんばかりの勢いで袋を開き、一枚掴むと無言でシャリシャリと食べ始めた。終わるとまた一枚、そして一枚。無くなるまで食べ続けるのではと心配になる。 「あのー、レオン様。一度に食べてしまわれると、次にいつ作れるか分かりませんので……」  という私の言葉にハッとして、名残惜しそうにしばらく袋を見つめ、きつく目を閉じて袋を閉じると引き出しにしまった。 「──危ないところだったよ。理性のタガが外れるところだった」  いえもう外れてましたとは言わないでおこう。 「また休みが取れましたら買って参りますので、それまでの一時的なつなぎということで」 「ありがとうパトリシア。本当に助かったよ。皆も無理をさせてすまない。来週には屋敷の補修も橋の修復もめどがつくからね。そうしたら皆で休みの調整をしてくれるよう、マルタにも伝えておいてくれるかな?」 「かしこまりました」 「それにしても、お菓子まで作れるんだねパトリシアは」 「我が家は貧乏男爵家ですから、家族が助け合わなければなりませんし、貴族としては自慢出来る話ではありません」 「だけど、この三種類のクッキー、全部美味しいよ。パトリシアは何でも出来るねえ。才能があるんだろうね」  体がこそばゆくなるほど褒めてくれるレオン様に居たたまれなくなり、お辞儀をして早々に書斎を後にした。  レオン様のお役にも立てたし、良かったわ。  体は連日の仕事続きで疲れていたが、部屋へ戻る私には自然に笑みが浮かんでいた。
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