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やっぱりいますよね
「──え? ロゼッタ姉様が?」
休日返上で働いていたメイドたちが修繕仕事などが片付いて業者が帰り、ようやく休みを取れるようになった。
何とレオン様から今回は苦労をかけたということで、交替で二連休を頂けるようになったという嬉しいご褒美までついた。
仕事してる分給料もお手当つくのでそこまでしなくても、と思ったけれど、雇用主がくれるというのだ、遠慮せず頂くべきだろう。
そして私の番が来て、ウキウキと泊りがけで実家に戻って来たのだが、戻った日の夕食の時に、両親からロゼッタの婚約が決まったと告げられたのだ。ロゼッタというのは、ギルモアの姉である。
私より五歳上で、とても活発で才気溢れる可愛らしい方で、現在は薬の研究職に就いている。子供の頃から大変可愛がって頂いた。仕事が忙しいらしく、最近はなかなかお会い出来てなかったが、ギルモアとほぼ一方的な別れをする際に、彼女にももう会えなくなるだろうな、というのが唯一の心残りだったのだ。
「そうなのよ。おめでたいわよねえ! でね、先週のことだけれど、家にロゼッタが直接やって来てね、『結婚式は身内だけで簡単に挙げるけど、婚約披露パーティーには是非パティーにも来て欲しい。忙しいみたいだから、もし仕事の休みが合えばで良いから』って」
母からロゼッタからの手紙を受け取る。
中を開いて手紙を読むと、ギルモアと原因は知らないが付き合いが切れたことは知っている、でも私には全く関係のないことだし、久しぶりに可愛いパティーに会いたいのよー♪、といつもの陽気なロゼッタが思い浮かぶような文面で、私も思わず笑みを浮かべた。
「パトリシアは最近忙しくて休みもないからどうかしらねえ、ってお父様とも話をしていたけれど、幸いなことにパーティーが丁度明日なのよ。あなたも明日の夜までにはロンダルド家に戻らないといけないだろうけど、ビュッフェ形式のガーデンパーティーで昼間だって言うし、行ってあげたらどうかしら? ……もちろん無理にとは言わないわ」
ギルモアと私は、状況は分からないものの現在没交流であることは両親も知っている。当然パーティーに行けばギルモアもいるだろうから、と気遣ってくれているのだろう。
確かにギルモアとは気まずいし、余り顔を合わせたくない。だけど敬愛する大好きなロゼッタの婚約を祝いたい気持ちの方がはるかに大きい。
(……見たのが今日だから招待状の返事すら出してないけれど、お祝いを買ってロゼッタ姉様に渡して、少し話をして帰るぐらいなら良いわよね。次はいつ会えるか分からないもの)
少し考えたが、私は顔を出すことに決めた。
翌日。早めに町の商店街に出て、味のある木目のブックスタンドと、綺麗な押し花のついたしおり、そして最近出たという軸にインクを入れられるペンを購入し、招待状に書いてあるレストランに赴いた。
ロゼッタは前から勉強が大好きで、というか、好奇心が旺盛で何でも自分で調べて納得しないと気が済まない性格であった。本も美術書や歴史書などから図鑑、小説など何でも読んでいた。現在の職に就いたのも、
「植物の図鑑に薬効などが書いてあって、色々な組み合わせ次第で病気で苦しむ人が治せる薬が自分でも作れるんじゃないかと思って」
と思ったからだそうだ。探究心も旺盛である。きっと今でも本を読んだりメモを取ったりすることが多いだろうと思い、ちょっと婚約祝いにしてはさほど高くもなく地味な贈り物となったが、まあ私が選ぶものなど大体ロゼッタには予想出来るだろう。要は気持ちである。
会場には思ったよりも早く着いたためか、まだ人はまばらだ。
受付の女性に招待状を見せ、レストランの中に入ると、すぐに私を見つけたロゼッタが顔をほころばせて嬉しそうに小走りでやって来た。
「パティー、来てくれたのね! 本当に嬉しいわ!」
「たまたま休みだったのよロゼッタ姉様。ごめんなさいね返事も出さずにいきなりやって来てしまって」
薄いピンクのレースをふんだんに使った可憐なワンピースを着て、ぎゅうっと抱き着くロゼッタは私より十センチほど背が低く、私より幼く見える。くりくりした金髪が揺れて可愛らしい。
「あの、荷物になって申し訳ないのだけれど、これお祝いなの。良かったら使って頂けると嬉しいわ」
「まあプレゼントなんていいのに! ……でも、開けても良いかしら?」
「もちろんですわ。気に入って頂けたら良いのですけれど」
奥のテーブルまで連れて行かれ、慌てる私を制して、ビュッフェのドリンクテーブルから私の好きなカモミールティーと、自身の好きなミルクティーを運んで来た。
「もうロゼッタ姉様ったら、本日の主役にそんなことさせられないわ!」
「ほらほら、良いじゃないの。パティーに久しぶりに会えたんだから、このぐらいさせて頂戴な」
その後ガサガサと袋を開けて、ロゼッタは目を輝かせた。
「まあ! これ最近出たインクが入るペンじゃない! 便利そうで欲しかったのよお……まあこのブックスタンドも可愛らしいわ! しおりも素敵! パティーは昔から私の欲しい物が全部分かるのねえ」
キラキラした目で喜ぶロゼッタに私も嬉しくなった。
「喜んで下さって有り難いわ。お祝いにするには少し地味かと思って反省していたんですけれど」
「地味とか関係ないわよ。子供の時からパティーっていつも一歩下がるタイプというか控えめよね。もっと自分を出してもいいのに、ってずっと思っていたけれど……私が庭で葉っぱや昆虫を捕まえて観察をしている時や、将来この仕事に就きたいとか、両親に貴族の女性がそんな仕事をするなんて、と反対されてるという話を延々としていた時、いつも大人しく黙ってニコニコと私の話を聞いてくれて、ロゼッタ姉様ならきっと叶うわ、私も応援するって言って貰った時に、ああこの子は包み込むような優しさを持ってるわって実感したのよねえ。だから今のままのあなたでいて欲しい気持ちもあるの。でももどかしい気持ちもある。複雑だわあ……」
ポンポンと途切れることなく話をしていたロゼッタがふと真顔になり、
「──ところで、ギルモアのバカが何をやらかしたの?」
と私の目を見た。
「……いえ、まあ私がアレだったもので」
目を逸らし何とか逃げ切ろうとしたが、いつものごとく追及の鋭さに誤魔化し切れず、ギルモアに言われたことを言ってしまう羽目になった。
「あの子は何て酷いことを……全くどこにいるのかしら? 今すぐぶん殴ってやりたいわ!」
興奮して今にも立ち上がりそうなロゼッタを宥める。
「ロゼッタ姉様、本当に良いのです。たまたま私がいないつもりで本音が出てしまっただけですし、個人の考えや趣味嗜好をどうこう言うのは間違ってますわ。別に人格否定をされた訳ではないのです。私が一番残念だったのは、存在感がないと言われる自分に対してなのですもの」
そうなのよね。自分が好きだからって相手に好きになって貰えるかは分からないのだし、どうしても合う合わないというのはある。存在感がないとか地味というのがギルモアの好みではなかったのだから、それはもうしょうがないのだ。レオン様に励まして貰ったことで、私も自分に対して必要以上に卑下すべきではないと考えるようになっていた。
「……本当に男って分かってないわねえ。この癒し系の極みみたいなパティーの良さが分からないなんて」
私が本当にその件に関してはもう何とも思ってない、ということが分かったのか、ため息をついたロゼッタは、ハッとして、
「私とはたまに会って話をしてくれるわよね? 友だちよね?」
と念を押して来た。私はもちろんですわ、と笑った。
その後、最近の研究は何をしているのかという話になり、アレルギーの薬の研究だということで私の関心が一気に高まった。
「すると、花粉などのアレルギーの研究もしておいでなのですか?」
「そうね。花だけじゃなく、スギの木とか葉っぱなど様々なアレルギーがあって、それで全身がかぶれたり、呼吸困難になったりして重症になる人がいるのよ。人によって症状の大きさが異なるからまた難しいの。命に関わるような状態になる人もいるしね」
「まあ……」
「パティーの身近にもいるの? 職場とか」
「はい、花粉のアレルギーを持っていらして、目の周りが痒くなったり充血したり、鼻水やくしゃみが止まらなくなったりするそうです」
「ああ女性だと特に辛いわよねえ、化粧とか全部落ちてしまうだろうし……」
勝手にメイド仲間と勘違いしたのか、ふんふんと頷いた。
「──ちょっと待っててくれる?」
と少し席を外すと、自身の物であろう小ぶりのトランクから何かを取り出した。
「これね、もう少しで売りに出せると思うのだけど、販売するまでには臨床データがもう少し必要なのよ。人の体に使うものだから慎重にね。花粉アレルギー用の薬で、さっき言っていた症状を抑えるような効果があるわ。ただ効き目が人によって異なるし、個人個人の効果の利き具合の症例を集めたいの。お金は要らないから、使ってみた効果を書面で貰えないかしら?」
「まあ! よろしいんですか?」
こういう専門薬というのは結構お値段が張るものだ。書面で効き目の状況を知らせるだけでいいのは破格の提案である。
「いいのよ。可愛いパティーのお友だちのためだし、どうせあなたの話がなかったら、誰かアレルギーの人見つけなければならなかったんだもの」
レオン様がこれで毛嫌いしていたパーティーにも顔を出せるかも知れない。いくら苦手といっても最低限付き合いで出なくてはならない時もあるだろうし、辛い症状が緩和するならそれに越したことはない。
私は感謝を伝えて薬を受け取った。
店の中にはだんだん人が増えて来たこともあり、私がいつまでも彼女を束縛している訳には行かない。
「それじゃロゼッタ姉様、私は屋敷に戻らなければならないので、そろそろ失礼します。お幸せを願っています」
「残念だけど、また会えるのを楽しみにしてるわ!」
ギルモアにも会わずに帰れそうだし、今日は本当にいい日だったわ。
私は喜ぶレオン様の顔を想像して心が弾んでいた。
出口に向かって歩き出した背後から、
「パティー!」
と聞き覚えのある声がするまでは。
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