会いたくなくても再会はする

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会いたくなくても再会はする

「──準備はよろしいですか? あと少し歩くと噴水広場でございます」 「……ああ、だ、大丈夫だ」  馬車を降りた後、私の背後につくような形で歩いているレオン様は、先ほどの強気な発言はどこへやら、しっかりハンカチで鼻と口を覆っていた。  本人曰く、「大丈夫だと思っていても、どうしても花が見えると恐ろしくてね」と前方に見える花壇を見ている。 「あの、なんでしたらまた今度ということで、本日は帰りましょうか?」 「いや! ちゃんと薬も飲んでいるし、ここまで来て帰るというのは負けたも同然だろう?」  現に腰が引けているでしょうにレオン様。  でも、薬を過信してもいけないが、本人がやりたいというのだから、自己責任だ。私は心でエールを送るしかない。  雑談を交わしつつ噴水広場に近づくと、カップルや家族連れが思い思いに楽しそうに過ごしている姿が見えた。相変わらず色とりどりの花が咲き乱れ、見ていると心が洗われるような思いがする。  横のレオン様を見ると、私の袖を掴んで目をつぶって歩いている。  ……本当に大丈夫なのかしら。 「レオン様、噴水広場に着きました。──このまま通り過ぎて、人気のある菓子店のある道へ抜けるということも可能ですが」 「いや、平気だ」  レオン様はそっと目を開き、眼前に広がる花に目眩を起こしそうになっていたが、何度か深呼吸を繰り返して、顔に当てていたハンカチを取る。  そのまましばらく棒立ちで呼吸をしている姿を眺めていたが、 「──あれ?」  と言ったレオン様が、少しだけ花壇のそばまで歩く。 「ん? ……パトリシア……」 「はい」 「今のところ、大丈夫そうな気がする」  こちらを見て全開で笑みを浮かべるのは止めて下さい。ものすごく眩しいんですよお気づきでないかも知れませんが。 「それは良かったです。でも、今は平気でも後から……、ということもございますから、無理はせず、早めに買い物をして帰りましょう」 「そうだね、別に治癒した訳でもないんだものね」  そう言うと、そのまま嬉しそうに歩き出した。  ハンカチで覆っていた顔の全貌が暴かれて、若い女性の熱い視線が痛いほどご本人に注がれているのだが、レオン様は『花が近くにあろうが普通に歩ける自分』に静かに酔っており、全く気がついていない。  ちなみに私にも熱い視線が注がれているが、これは明らかに負の感情である。メイド服を着ているのでまだ首の皮一枚繋がっている状況だが、ここでデートのようにお洒落でもしていたなら、どの面下げて美男子と並んでいるんだと突き飛ばされて刺されていてもおかしくないぐらいの鋭さだ。  自分の判断の正しさを手放しで褒め称えてあげたいものだ。  ただ長居はしたくない。 「レオン様、その道を左へ曲がったところに【ピエッタ】という店がございます。こちらはショートケーキとシュークリームが評判だそうです。それと、小さめに作った丸いドーナッツも話題だそうですわ」 「それは絶対に行かなきゃね! 生クリームってなんであんなに美味しいんだろうねえ」  ゆっくり満喫しているレオン様には申し訳なかったが、私だってケガはしたくないし命は惜しい。  急かすような形で店に案内した。  店に入った途端に何故か通常の不機嫌モードになり、店員へ言い訳めいた口調になる。 「すまないが、屋敷で働いているメイドたちのために、最近忙しく働かせてしまったからお菓子でも買ってやろうかと思ってね。私にはさっぱり分からないのだが、女性に人気があるのお菓子はどの辺りだろうか?」  などと言いながらも、食べたことがないお菓子を射るような眼差しでチェックしている。私は内心笑いをこらえるのに必死だった。  その後も二軒の店を回り、同様の言い訳をしながらも大量の焼き菓子と少々の生菓子を購入し、レオン様はかなりご機嫌だった。やはり長期保存出来る焼き菓子が多くなるのは当然で、軽いがかなりかさばる。  大きな袋三つに生菓子の入った小さな袋。私が全部持つつもりだったのに、持たされたのは生菓子の袋だけだ。 「レオン様困ります。これではまるで私がご主人様をこき使っているみたいではありませんか。そちらの袋も私が──」 「いや、ケーキは形が崩れやすいだろう? 厳選して選んだのだから、そちらを大切に運んで貰うことがパトリシアの大切な仕事だ」  と言い馬車の置いている溜まりまですたすたと歩き出した。本当にもう、と後を追おうとすると、「あらーパトリシアじゃないの」と声が聞こえた。  ──明らかに聞きたくない声である。だが、自分が悪いこともしてないのに、聞こえない振りをして逃げるのも何か納得が行かない。  私が振り返ると、そこにはモニカと誰か分からない同世代の女性が笑顔で立っていた。  親し気に語り合う関係でしたっけ私たち?
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