出発進行

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出発進行

「──どうですか? 自画自賛ですが、パトリシアの良さを存分に引き出した仕上がりかと思います」  マルタが満足気に頷き私に尋ねた。 「何だか自分じゃないみたいです……」 「パトリシア、あなたはパーツ単体で見れば決して悪くないのです。むしろ良いところも多いのよ。ですが、いかんせんメイクは軽く粉をはたくのみ、アイラインは引かない、口紅も淡い色ばかりというやる気のなさ。結果として、全体的に薄ぼんやりしていてメリハリがないのです」 「ああ、せっかく褒めて下さっているのに、サクサクと刺さるようなこの胸の痛みは何でしょうか」 「さあ何でしょうね。──目立ちたくない、というのは分かるんですが、だからといって、若い女性が基本最低限の化粧も面倒くさがるのはいただけません。年を取ったらもっと気を遣わねばならないのですからね」 「はあ……仰ることは理解しているのですが」 「どうせ華やかになる顔でもないのだから、失礼がない程度にしてやっときますかねー、ぐらいの気持ちなのでしょう?」 「まあマルタ様、私の心の中を読めるのですか?」 「そんなもの誰でも分かります。でも、ちゃんと輪郭をはっきりさせて、アイラインやチークを使ったり、シャドーを少し使うだけでも、このように町中でお、っと視線を貰うような女性にはなるんですよ」 「本当ですねえ。自分でもびっくりです。……ですが」 「何ですか?」 「……あのう、マルタ様が以前、不用意にレオン様と接触してはいけないし、寝込みを襲うような真似をしないようにと。つまりはメイドとして必要以上に親密な関係になるなという意味かと捉えているのですが」 「そうですね」 「いくらレオン様が仰ったことでも、私を一緒に出掛けさせてもよろしいのですか?」  私は行くなと言われれば喜んで部屋へ戻りますけれども。 「……今のところレオン様からは、パトリシアが不穏な動きをしているという報告は一切ありませんしね」  マルタは少し口角を上げた。 「それに、今回の話はパトリシアのためだとも聞きました。恐ろしく地味で家が貧乏だの……あとは生命力が乏しいだの影が薄いだの風景に同化しているだのと、散々言われてるのがあまりにも可哀想なので、どうにかイメージを払拭したいと」 「大分盛っておられますが、あながち全てが間違いとも言い切れずといったところが辛いところです」 「私はパトリシアを高く評価していると言ったでしょう? 誠意を持って仕事をしてるかしてないか、少し見ていれば分かりますからね。ですから将来のメイド長候補のあなたが貶められるのは私も腹が立つのです」 「マルタ様……」  思っていた以上に働きを見て頂いていたようで、私は感激した。 「裏口に馬車を止めてありますので、仕事仲間には見つからないでしょう。頑張ってレディーとして周りに素敵なところを見せておいでなさい」 「ありがとうございます。自信はないですが精一杯務めて参ります」  頭を下げて部屋を出ようとした時に、気になったことがあり確認した。 「マルタ様、レオン様が甘党というのは基本的に知られてはいけないのですよね? もしビュッフェスタイルでスイーツがあった場合も、お取りしない方がよろしいでしょうか? 少しぐらいは大丈夫でしょうか?」  鏡台の前を片付けていたマルタが、私の話を聞き固まった。 「──レオン様は、あなたに甘党のことを打ち明けているのですか?」 「? はい……と申しますか、掃除をしていた際に偶然知ってしまいまして、それからは休みごとにお菓子の調達なども担当しております。なかなかご自身では買うこともままならないとかで。──あ、勘違いしないで下さいね、在庫がなくなるとかなり機嫌が悪くなりますので、これは本当に仕事の一環ですから!」 「釈明せずとも状況は分かります。そう……考えていた以上に信頼されているのですねパトリシアは。まあ意外、でもないかしらね。気を抜いてしまうというか、警戒心を持ちにくいようなタイプですしね。──それと、ビュッフェだった場合の対応はレオン様にお伺いを。イライラすることがあれば食べたくもなるでしょうし」 「あ、そうですね。では行って参ります」  改めて頭を下げると、私は急ぎ裏口へ向かった。 「やあパトリシア、素晴らしく可愛いじゃないか!」  馬車の中で先に待っていたレオン様が、私を見て笑顔を見せた。眩しい。私は少し目を細めた。 「ありがとうございます。マルタ様のテクニックで別人のように変身させて頂きました」 「まあ私は普段の君の方が好きだけどね。でもパーティーに来る女性というのは大変だよねえ、会場をパッと華やかにする役目を押し付けられているようなものだからね。ほら、男は私のようなもうおじさんに足を突っ込みかけているような男か年寄りばかりだからさ、せいぜい頭髪ない人の光ぐらいしか輝くものがないんだよ」 「レオン様はまだ若者世代ですわ」 「パトリシアから見れば八歳も上だよ」  確かに少し年上ではありますけれど、タキシードが美貌を引き立てていらして、付け焼刃の私よりよほどお美しいです。顔のことを言われるのはお好きではないようなので言わないけれど。  神様、自分より段違いに美形な男性(しかも雇用主)とパーティーに出席するのは、個人的にかなりの苦行です。どうか何事もなく無事に帰れますよう見守っていて下さい。  私は緊張の中、ひたすら祈り続けていた。
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