嘘はすぐバレるタイプです

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嘘はすぐバレるタイプです

「ちょっと姉さん! 急に住み込みの仕事って何だよ!」  夕食後私の部屋に慌ただしくやって来た弟のルーファスは、先ほどの話にかなり驚いているようだった。  自宅に戻っての夕食時。  私は両親に十八歳で成人にもなるし、働かざる者食うべからずだから、メイドの住み込みの仕事を見つけて来た、来週から早速行って来ます、と宣言した。 「あら。寂しくなるわね……でも勤労意欲があるのは立派ねえあなた」 「そうだな。でも急だなあ。うちもお金はないとは言っても、私たちの収入でも結婚するぐらいまでは子供たちの面倒ぐらい充分に見られるぞ? まあそんなに贅沢は出来ないが」 「でも、収入が増えた方が良いものね。私も早く仕送り出来るよう頑張るわ」  我が家は男爵と一応爵位はあるものの、父は収入を上げるべくせっせと農作業に勤しんでいるし、母も農作業を手伝ったり、ドレスのサイズ直しをしたり子供服を作ったりして家計を支えている。なかなか評判は良いらしい。まあ毎日そんな生活をしている程度の底辺貴族である。  元々私の母は、父が一目惚れして結婚したが爵位もない元平民である。そのため、働くのは当然だし全く苦にならないそうだ。  祖父も祖母の反対は全くなかった。というか喜んでいた。 「だってウチ、そんなオホホな貴族生活してないものねえ」 「領地も沢山あるわけじゃないしなあ。むしろこんな貧乏貴族に嫁に来てくれるだけでありがたいねえ」  年を取ってものほほんとした仲良しの祖父母は、父が結婚したらとっとと家督を譲り渡し、少し離れた別荘に引っ込んでたまに遊びに来る程度。  母の恐れていたしつけと称した嫁いびりなども全くなくて、気が抜けたと笑っていたが、現在は本当の両親のように大切にしている。母の両親が早くに亡くなったせいもあるのだろうけど、一般的に見ても家族仲はかなり良い方ではないだろうか。 「まあルーファス、騒がしいわね。メイドは基本住み込みなのよ? 仕方ないじゃないの」 「それにしたって、事前に僕に何の相談もなしにさあ……」  ルーファスは十六歳になったばかりでまだまだ子供だ。  ただ、今でも美しい母の血をそっくり引いたので、将来美男子になること間違いない可愛らしい顔立ちをしている。輝く金髪も、整った目鼻立ちも麗しく、陽気で友人思いの優しい子である。その上頭も良い自慢の弟だ。  ただいかんせん、かなりのシスコンである。 「──だけどさ、住み込みとかになったら、ギルモア兄さんとなかなか会えなくなるんじゃないの? 姉さんギルモア兄さんのこと、けっこう好きだったんじゃないの?」  ああ、心配していたのはやはりそこだったか。  彼はギルモアと遊ぶ時に一緒に遊んで貰っていたので、かなりギルモアになついている。あんな人が義兄さんになったら嬉しいのになあ、と言っていたことも一度や二度ではない。  少々心が痛んだが、私は正直に伝えることにした。 「ごめんなさいね。ギルモアとはもう友人付き合いをするのを止めたのよ」 「ちょ、え? 何故さ?」 「ええと……性格の不一致かしらね?」 「長年友人として付き合ってて今さら?」  なんとか上手いことサラリとかわそうとしたが、自分でも嘘をつくのが下手過ぎて嫌になる。いつの間にか昼間の話をする羽目になった。 「……ギルモア兄さんそんな風に姉さんのこと思ってたの? そんなの怒って当然だよ! ってか何で一発ぐらい引っぱたいて来なかったんだよ。聞かれてると思わなかったからって、幼馴染みである女性に対してその発言はないでしょう? 姉さんが出来ないなら僕が代わりに行こうか? これでも結構鍛えてるからギルモア兄さんにも引けは取らないよ?」  私より弟の方の怒りが強すぎて、思わず宥めてしまう。 「落ち着いてルーファス。……まあ本音を言えばね、ギルモアのこと好きだったからショックは受けたけど、相手からすれば別に恋人でもない幼馴染みなんだし、恋愛対象にならないって考えを事前に分かっただけでもありがたいのよ。だって知らないまま告白してたらもっと辛かったでしょう?」 「だけどさっ」 「それにねえ、実際私の影が薄いのは昔からだし、地味と言われるのも慣れてるのよ。ルーファスのようにキラキラした金髪だったり綺麗な顔してたりすれば、もう少し違ったのかも知れないけれど……うーん、どうかしら」 「姉さんは可愛いじゃないか! 確かに少し気配を感じにくいとか、近くに居たのに気付かなかったとか僕の友人に言われたことはあったけど、良く見れば綺麗だし頭も良いし、掃除や料理も上手いだろう?」 「身内びいきね。第一ねえ、たとえ良く見れば美人だろうと、良く見なければ分からない状態で存在感なければしょうがないじゃないの。それに貴族の女性に掃除や料理の良し悪しは余り求められないわ。我が家のように、家族で何でもこなさなければならないような貧乏男爵家だから必要なんだもの」 「それは、まあそうだけどさ……」  私はポンポン、とルーファスの肩を叩いた。 「もういいのよ。それでね、花嫁修業なんて必要ないと思ったのよ。結婚相手が来るかどうかも分からないのに意味ないわ。少しでも影の薄さを払拭しようとして、いきなり厚化粧してひらひらしたドレスで町をそぞろ歩くなんて私には無理だわ。実際に好きじゃないもの、そんな派手なことするのは。だから、頑張って仕事をして、行き遅れになっても困らない生活をしようと決めたのよ。……まあ、もしかしたら万が一ってこともあるから、誰かと出会いはあるかも知れないけれどね」 「姉さん……でも僕は悔しいし、寂しいよ……」 「大丈夫。時々は帰って来るし、お土産も持って来るから!」  めそめそする弟を慰めながら、私もたかだか失恋一つでめそめそしている場合じゃないと気持ちを新たにする。  ふと私が勤める予定のロンダルド伯爵家のことを思った。  少し田舎の方ではあるが、かなり広大な土地を持つ歴史ある富裕な名家である。社交を殆どしない私でも名前を知っているほどだ。  数年前に溺愛していた夫人が病気で亡くなられ、憔悴した旧ロンダルド伯爵が一人息子に爵位を継がせて、別邸に引きこもったと聞いた。だから今は息子の代ということだろう。 「絶対にみだりにロンダルド伯爵に近づかないこと。大変気難しい方だし、不興を買うとすぐクビになるので、くれぐれも注意すること」  とあっせん所の所長はしつこい位に念を押して来たが、まあ広い屋敷で働くメイドなど一番下っ端なのだ。そうそう伯爵に近づく機会もあるまい。  大体、私は存在感がないことが売りなのだもの。  仕事を前に、本来の楽天的な性格が戻って来たような気がしていた。
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