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呪いでしょうか
モニカがギルモアと別れたらしいというのを知ったのは、私が休みで自宅に戻って来た日のことだった。
ルーファスがちょっと話があるんだけど……と手招きするので二人で庭でお茶を飲むことにしたら、いきなりそんな話をされたので驚いた。
「こないだギルモア兄さんに会った時にさ、いつ頃パトリシアは勤めを辞めて戻るのかな? って僕に聞いて来たんだ」
「……私が仕事を辞めることが、彼に何の関係があるのかしら?」
私は本気で首を捻った。現在、レオン様に少しでも信頼回復をして頂くべく、メイドの仕事に精進しているところだ。
早めに書斎などの掃除を終てから庭の草木の刈り込みの仕事や、罰という名目でありがたく職務にもなった、厨房でのいつものクッキーなどの焼き菓子作り。ついでに、コック長のホッジスから、私の知らなかったガレットやミルフィーユなどのお菓子の作り方を習っていたり(もちろんクッキーはメイドたち用、新たなお菓子の指南は家族孝行などと説明済み)、マルタ様から接客時のメイド心得、効率的な作業方法などを教授して頂いたりと、正直忙しいし色々と知らなかった知識も得られて嬉しいしで、今は辞めるなど考えてもいない。
「何かね、姉さんのありがたみ? みたいなものが分かったとか、自分が間違っていたとか言っていたけど。もしかして、姉さんにプロポーズするつもりだったりして?」
「はい? ご冗談を。派手な美人と上手く行かなくなったからって、じゃあ地味な私に交換って、人をバカにするにも程があるでしょう」
そういえば先日モニカの父のパーティーで、恋人であるモニカの愚痴をこぼしていたから、あの頃から上手く行かなかったのかしらね、とも考えたが、もうギルモアに淡い思いを抱いていた私は消えた。消えた、というよりもギルモアの完璧さが妄想だったということに気がついた。
「でも姉さん……ギルモア兄さんのこと好きだったんでしょう?」
「以前はそうだと思い込んでいたけれどね。私とは合わないと気がついたのよ。今はもう何とも思ってないの」
「そっか。──うん、それなら別にいいんだ。もしまだ姉さんがギルモア兄さんのことを好きだったのなら朗報なのかな、と思っただけで」
「私は今の仕事が好きなのよ。以前から家のことをこまごまするのは好きだったし、天職じゃないかと思っているの。まだ半人前だけど、これから努力して一流のメイドになるべく頑張りたいのよ。もしギルモアと話をする機会があったら、仕事を辞めるつもりもないし、再びあなたと友人付き合いを再開するつもりもない、って伝えておいてくれる? 私はもう話もしたくないのよ」
「分かったよ。ごめんね、姉さんの気持ちも考えずにキューピッドになれるかも、なんて考えたりして」
しょんぼりするルーファスの頭を軽く撫でる。
「姉思いの弟がいて嬉しいわ。でもルーファス、あなたの方も一年ちょっとで成人するのよ? そろそろ姉さんに気になる女性の一人や二人教えて欲しいのだけど」
「え? いやあ、女の子なんてまだ興味ないし、畑仕事をして収穫したり、たまに友人とウサギ狩りに行ったり、今はそういう生活が楽しいんだ」
「ふふっ。それは良いけど、今後妻にしたいような女の子が出来たら大切にしてあげなさいね。守るのは夫の役目なのよ?」
「もちろんさ!」
可愛い弟から恋愛相談を受けるのはまだまだ先かも知れない。
しかし、モニカとギルモアが別れたとなると、不穏なのはモニカだ。
彼女はレオン様に好意を寄せているように思える。まあレオン様は常に外では不機嫌そうにしているが、誰がどう見ても見目麗しい美丈夫だし、財力も持っておられる。独身だし、結婚なんか考えてもいないと言っていたぐらいなので、特定の女性も現在はいないように思う。
だから婚約者も交際相手もいないような女性にとっては、飛びつきたくなるような好条件に違いない。
そして、モニカはと言えば、彼女も伯爵令嬢であり、商売上手な父親のおかげで財力を急速に高めていることに加えて本人もあの美貌だ。少々気位が高いとかワガママだという元恋人ギルモアの発言はあったが、それでもあれだけの華やかな美人だ。男性は美人に目がないというし、引く手あまたといったところだろう。
(……ただ、私はあの常に人を見下すような態度や、人を貶めるような発言が平気で出来る性格のキツさが、どうにも好きになれないのよねえ)
確実に、あの二人が並ぶと絵になる。それは認める。
でも私のレオン様への一方的な好意を抜きにしても、彼女がもし屋敷の女主人となった場合、メイドへの当たりがかなり強くなるのではないかと邪推してしまうのだ。
(私は所詮貧乏な男爵令嬢で家格も釣り合わないし、レオン様とどうこうなるなんて期待すら持たないけれど、モニカを奥様として迎えつつレオン様にお仕えするのは、相当厳しいかも知れないわ……あの人、私を友人とか言っていたけど、実際は興味もないどころか嫌っているようだもの。気に入らないとかいって平気でクビ切られそう)
自宅からの帰り道、レオン様へお届けするお菓子を物色しながら、でもフリーになったモニカがどう行動しようと私は何も言えないし……とモヤモヤする気分を抱えていた。
「あら、パトリシア!」
会計を済ませて菓子店を出ると、少し離れたところから私を呼ぶ声がした。私が声のした方へ振り返ると、私のモヤモヤの元凶であるモニカが笑顔で近づいてくるところであった。
……私には、会いたくない人と会ってしまうような呪いにでも掛かっているのかも知れない。
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