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曇り空
「……まあモニカ様。こんな人の多い町中で、こんな目立たない私を毎回よく見つけて頂きましてありがとうございます」
例え好きではない相手でも、格上の伯爵令嬢だ。
私は笑顔を作り挨拶をする。少々嫌味が出てしまうのはご愛敬だ。
「バカね、見つけられる訳ないでしょう、あなたみたいな風景の欠片みたいな人。今日だって、屋敷を出てからずっと追っていたメイドが教えてくれなかったらスルーしてたわよ。ほんと、相変わらず地味よねえ」
友人と言っていた割には結構な言われようである。
……でも追っていた? 何で? 疑問は浮かぶがモニカがそのまま話を続けるので黙って聞いていた。
「──私ね、あなたの幼馴染みのギルモアと別れたのよ」
「……まあ、そうですの。それでそれと私に何の関係がございますの?」
「だから、今ならチャンスよってことよ。パトリシアみたいに男性を惹きつける魅力が乏しい方は、幼馴染みのように長い付き合いの認識してくれる男性の方が上手く行きそうじゃないの」
「──いえ、別に必要ありませんが」
お古をあげるわよ、とでも言いたくてメイドに後まで尾けさせたのだろうか。だが、彼女が親切心でそれを言っているとも思えない。
「あの、そのようなことを仰るためにわざわざ?」
「……私は、レオン様と結婚するつもりなのよ。父様も彼を好ましく思っているようだわ」
「──さようでございますか。ですが、私にそのようなことを申されましても……」
モニカはイライラした様子で睨むように私を見た。
「ほんっと物分かりの悪い子ね。この間のパーティーでも、レオン様はパトリシアを信頼しているようだったし、何かにつけてパトリシアがパトリシアが、とうるさいったらありゃしなかったわ。──ねえ、メイドの仕事なんてどこにだってあるんだから、ロンダルド家を辞めて別のところに勤めてくれないかしら? 本音を言えば、あなたみたいに存在感もなく、ただ真面目なだけで特筆すべき何かがあるわけでもないのに、レオン様の信頼を得ている女がいるのは、私が嫁いだ場合に邪魔なのよ。変に力を持って、旦那様が私の意向を無視しかねないじゃない?」
まだ結婚が決まったわけでもないのに、自称友人が私へのマウント取りですか。あなたの方が見た目だって家柄だって確実に私より上位にいるでしょうに。──しかしだからと言って、私が簡単に言いなりになると思って貰っても困る。
「大変申し訳ございませんが、私はレオン様の所を辞める訳には行かない事情もございまして。お話は以上でしょうか? 私も屋敷に戻らねばなりませんので、これで失礼します」
「ちょっと! 事情って何よ?」
「それこそ個人的なものですのでお話しする訳には参りません。では」
待ちなさいよパトリシア! という声を無視して私はその場を後にする。
早足で通りを抜け、少し横道にそれたところで立ち止まり、私はそっと息を吐いた。
(……ふううっ、緊張したーーっ)
モニカに対してあんなはっきりした物言いをしたのは初めてだ。
いや、親しい友人にもないかも知れない。私は自分の意思を押し通すよりも、性格的に揉めたくなくて概ね相手の意見に従う傾向がある。こういうと聞こえはいいが、要は押し通して不快な思いをさせたくない、したくない。精神的に弱いのだろう。
(でも、自分の思っていることをハッキリ伝えるって、すごく気持ちが良いものだわ……)
相手がモニカだから、ということかも知れないけれど。
しかし不穏だと思っていた通り、レオン様への気持ちは本物らしい。
少し考えて、あ、屋敷に戻らないと、とまた歩き出した。
「レオン様が結婚……」
考えただけで心臓がドキドキと激しく脈打ち、目眩がしそうだ。
実際、彼女との結婚が現実になった場合、いくら残って働きたくても難しいかも知れない。
──もし、私がせめて子爵令嬢だったならば、ほんの少しぐらいは可能性はあったのかしらね……と思いつつ苦笑した。
(たらればの話をしていてもしょうがないわよね。現実は男爵令嬢だし、今はただの雇われメイドだもの)
モニカとレオン様がどうなるかは私には分からないし、モニカではなく別のご令嬢との縁談が持ち上がるかも知れない。
その時に、レオン様から「今までありがとう」と言われるのか、「これからも引き続きよろしく」となるのかも分からない。
ただ、引き続き勤めて欲しいと言われた際に、レオン様が奥様になる方と仲良くしている姿に、私がどこまで耐えられるのか。
「大事なのはそこなのよね……」
迷惑にしかならないこの胸の奥の感情が、きちんと整理出来なくては、私はメイドとして一生一人前にはなれない。
せめてモニカではないご令嬢であればまだマシかも知れないが、それを決めるのはレオン様だ。
とにかく、モニカとこれ以上関わり合いになりませんように。
今日の空のように、私の気持ちもどんよりと曇るばかりだった。
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