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またしてもパーティーですか
「……ねえパトリシア、もし良ければなんだけど、来週のパーティー、またパートナーとして付き合って貰えないかな?」
お菓子を運んだ際に、お礼として行われる夜の書斎での恒例のお茶会で、レオン様が少し言いにくそうに切り出した。
「パーティーですか? それは構いませんが……」
「実はさ、スタンレー伯爵家で行われるデザートワインの発表会を兼ねたものなんだ。私も出資者の一人だから参加しない訳にも行かないし、一人で参加すると、生花を髪に飾った香水まみれの女性たちが周囲を囲んで来るもので、いくら薬を飲んでいても不安で心が落ち着かないというか。……あと、あの君の自称友人のモニカという子が、人目を顧みずベタベタと体に触って来るので、気分が悪いんだよ。恋人もいる未婚の女性だというのに、少しは自重して欲しいものだよね。まあスタンレー伯爵自体は、とても気持ち良い性格の御方で仕事をしていく上で文句のないところなんだが」
「あ、モニカ様はギルモアと別れたそうでございます」
「へえ、そうなんだ? まあ僕には関係ないけど……パトリシアはどうなの? まだギルモアの件、気になるかい?」
「……率直に申し上げてしまいますと、もう全く興味が持てない自分に驚いております」
「ハハハッ、もうすっかり失恋の痛手は癒えたのかな?」
おかしそうに笑うレオン様に、私も苦く笑った。
「そうですね……少し前までは痛手を受けたと自分でも思っていたのですが、理想みたいなものを彼に求めていただけでした。結局、その理想と違ったからと、私が勝手に幻滅してしまっただけのようです。彼も知らない内に理想を押し付けられて、いい迷惑だったことでしょう」
「誰でも理想ぐらいあるだろうし、別に心の中で思うことぐらい良いだろう? ま、パトリシアが元気なのなら私はそれでいいんだ。──じゃあ申し訳ないけど、パーティーの件よろしく頼むよ。マルタにも支度の件は伝えておくから」
「かしこまりました」
防波堤のような役割としてでも、私を必要とされていることが嬉しい。それに、先日のモニカの言動から、自分の目的を達するためにはなりふり構わず動きそうな不安もある。
また、私に汚いものでも見るような眼差しを向けられるのだろうと思い憂鬱にはなるが、モニカ以外でも、他の女性たちの身にまとう香水や生花でレオン様が体調を崩さないとも限らない。心配は尽きないのだ。
……私が出来る限りレオン様をお守りせねば。
「──マルタ様、あまりその、あちこちから寄せて来られると、胸が目立つと言いますか」
「普段のパトリシア以上に目立たずささやかだから、気合を入れて目立たせるようにしているのです。すとーんとした胸では、パーティーで女性としてのアピールが弱くなるでしょう? レオン様にまとわりつく面倒な女性を回避するには、少しでも相手に『負けた』と思わせられる点があることが重要なのです、よっと」
「ぐふっ、苦しいです……いえ仰ることは分かりますが、さり気なく私の胸を否定するのはお止め下さい。これでも存在はあるのです」
「存在は『主張』することで存在足り得るのです。小石が道に転がっていても、存在を認識しますか?」
「ひどいマルタ様、私の胸を小石同様に扱うなんて……悲しまないで大丈夫よ、私だけはあなたの存在を認識しているわよ」
「そりゃあなたが認識しなければ存在意義すらありませんからね。──よし、あとはメイクを済ませれば完成ですね」
鏡を見ていると、手早くパウダーやラインを引いたりして、みるみるうちに見映えのする可愛い女性に変身させて頂ける。手品のようだ。
「私も少しはメイクが上手くなれたら良いと、時々部屋で試してみるのですが、マルタ様のようには出来ません」
「きっと、無意識に悪目立ちしないように最低限にしか整えないからでしょう。いずれ慣れます。……さ、出来ましたよ」
レオン様に用意して頂いたくすんだ感じのピンクのドレスに合わせて、薄いピンク色の口紅。姿見を見ると可愛い知らないご令嬢が立っている気にさせられる。
「マルタ様のお陰で、私でもあまり引け目を感じずにレオン様の横を歩けますね。本当に感謝しかありません」
私がニコニコとお礼を言うと、少しため息をつかれた。
「パトリシア……レオン様は好きで整った顔立ちになった訳ではないのですよ。顔に一目惚れして近寄ってくる女性は多いですが、レオン様の内面を知っているあなたが、自分と並ぶことに引け目を感じると思っていたら、悲しいと思われるのではありませんか」
「──そうですね。申し訳ありません」
「パトリシアが自身のことを良く言えば凡人、悪く言えばそこらの雑草レベルと考えていることは分かります」
「いえそこまでは思ってません」
「でも、レオン様が身近にいることを許したメイドはあなただけです。自信を持ちなさい。とびきりの美人でなくても、とびきりスタイルが良くなくても、レオン様はあなたが良いのです」
「マルタ様のお言葉は良くも悪くも鋭く心に刺さります。治癒した途端に満身創痍ですが、ありがとうございます」
確かに、私はレオン様に美人だから、スタイルが良いからお仕えするのを認められている訳ではなかった。仕事がきちんと出来て、存在感を主張せず、彼のプライベートエリアを波立たせない、ついでにお菓子を買って来たり作って提供出来たりする、そんな一つ一つは細かいことだが、彼の生活を快適に過ごせるためのパーツとして有能だと考えて頂いているのだ。そうだわ、見た目は気に病むところではなかったのよ。バカね私も。
「私はこれからも有能なメイドとして、レオン様のお役に立てるべく、精一杯お仕えしたいと思います! では、行ってまいります!」
ぴしり、と姿勢を正して深々とお辞儀をしてマルタの部屋を後にすると、裏口に向かって足を早めるのだった。
マルタが、更に深くため息をついていたが、私が気づくことはなかった。
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